●嵐山駅前の変化、その113(脇道から広場)
論番組を昨夜NHKで見た。明日で地震4か月が経とうとしている中、原発をどうするか、それを反対派、推進派が揃って意見を述べるもので、原発学者も出演していた。



その学者の言うのは、原発のいいことばかりであるのは当然で、誰しも自分がいいと考えるからその職に就く。だが、学者はよく言われるように、机上の論がそのまま実際にも適用されると少々思い過ぎなだ。つまり、学問に純粋であるのはいいが、あまりにも世間知らずなのだ。原発の理論はさまざまな面で他のエネルギーより優れていて、日本にはなくてはならないものであることが力説され。だが、現実に地震でひとたまりもなかったことや、またそうでなくても、原発周辺では子どもに骨の癌が多発することの危険など、リスク面に目をつぶり過ぎだ。原発反対論者はそこを指摘していた。討論を聞きながら筆者が思い浮かべていたことは、自分の家の天井に大きな鉄の塊が吊り下げられていて、それが電気を発生してくれるのはいいが、脆いロープはいつ切れるかわからない状態だ。もしロープが切れると、その下で暮らす家族はペシャンコだ。原発はそういうものにたとえられる。いくら便利でもそれと交換に常に恐怖を抱えていなければならない。これは精神衛生上悪い。どんなエネルギーでもリスクを伴なうと原発学者は言っていたが、原発のリスクの大きさは今回の地震でよくわかったではないか。火事なら火を消せばおしまいだが、メルトダウンした炉心は数十年単位の年月で処理しなければならないと昨日総理が発表していた。今まで原発で得した分が一挙に帳消し、それどころか大損だ。そういう現実を見ずに、相変わらず原発学者は今後も原発はもっと必要になるとの意見で、自分は東南アジアやあちこちの国に引っ張りだこであることを自慢げに語っていた。何度もこのブログに書いているが、学者がそれほど安全というなら、その学者の家のすぐ隣や住む地域に原発を建てるのが筋だ。江戸時代の医者は、何か新しい処方を発見した時、家族や自分で試した。自分の学問に命をかけたのだ。それと同じではないか。原発学者は安全と言いながら、それをどこかで信じていないから、遠く離れた過疎地に原発を建てさせる。そのことからして、学者は自分をどこかで信じておらず、信じていない危ないものによって、社会や国家を綱わたりさせようとしているペテン師ではないか。これも前に書いたが、新美南吉の「おじいさんのランプ」は、かつてランプを売っていたおじいさんが、ランプ売りをやめたのは電気が村々に通じたからで、新しい世の中になって、自分の商売が時代遅れになったことを自覚した。だが、現代の学者はそういうおじいさんほどに潔くはない。責任を感じればその学から退けばいいものを、それどころか今度こそ大丈夫と一向に目覚める気配はない。そこまで自分の学に信念があるならば、原発のすぐ隣に住むべきだ。無責任な、二、三流の学者が国を滅ぼす。
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 ドイツは原発からの撤退を決めた。地震多発の日本が原発を導入したことは、そもそも思い上がりが甚だしかった。科学の歴史は西洋に比べてはるかに短く、しかも科学より前に技術を優先して来た日本であるから、原発をうまく制御出来ると考えた。そこに、やはり西洋に比べると、二、三流の国家であることをさらけ出している。自惚れが強過ぎたのだ。地震が多いことを考えれば、西洋の倍やそれ以上の科学の歴史があるべきなのに、技術でどうにかなると高をくくった。そのばちが当たったのだ。その技術というものも、先に書いたように、学者の論理そのままが現実化するのではなく、必ず、絶対的に工事の途中で手抜きなどがなされる。これは筆者が設計会社で痛感したことだ。机の上でいくら高度な数学を駆使して設計しても、現場ではそのとおりに造られることはあり得ない。わざと手抜きしなくても、設計の数値とは異なるように物は造られて行く。阪神大震災で高速道路の橋脚が見事に横倒しになったが、あれも同じことで、設計上は大丈夫であっても、施工段階で手抜きがあったのだ。原発もその例に洩れない。たとえば、郵便のシステムは本当に便利なものだが、末端で郵便物を届ける人物が怠慢をすれば郵便の機能は完遂されない。それと同じで、原発も設計は綿密にしても、その工事あるいは竣工後の運営でいい加減なことが行なわれる可能性はかなり高い。原発が安全と学者は言うが、それは論理でのことに過ぎない。フランスでは原発に依存する割合が高く、何重にも安全を施した原子炉を作って世界中に売ろうとしているが、何重にも安全を施さねばならない物騒なものに電力を頼るという発想がそもそもおかしい。「おじいさんのランプ」では電気は新しい文明の象徴として歓迎的に書かれているようだが、それでもその小説には使われなくなってしまったランプへの憧憬の方に重点が置かれている。その後日本は電気万歳と、電気の消費こそが文明と思って突っ走って来たが、電気の使い過ぎを意識したことがあったろうか。原発の問題も元をただせば、国民の幸福意識の問題で、これに尽きる。ブータンは原発などなくても国民の大多数が幸福と感じている。便利な道路が整備され、大きな家に自家用車といったように、昔よりはるかに豊かな生活を享受出来るようになったのはいいが、原発が地震で破壊され、海も土地も放射能で汚染され、何世代にもわたって放射能の影響が出る怖れに怯える図のどこに幸福があると言うのだろう。
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 原発は元も子もなくすリスクを秘めている。であるから、原発を建てるなら、そこから遠く離れたところにみんな住むべきで、全員が東京に住むとよいと先日書いた。昨日のTV討論では、京都奈良も原発の被害を受けかねないと語った人があったが、狭い日本であるから、敦賀の原発が故障すればそういうこともあり得る。今回の地震で東京にも放射能のホット・スポットが生じているらしいが、それほどに福島原発の事故は大きい影響を及ぼしていて、今後は原発をなくして行く方向に進むのは当然であろう。これも前に書いたが、筆者が学生の頃は日本中にダムを造って水力発電源を確保しようとした時代であったが、オイル・ショックを経験し、いつの間にか原発がエネルギー源として最優先される時代になった。それに不自然さを感じていた人は少なくないが、日本が世界に冠たる金持ち国となり、また日本中に高速道路、生活道路が張り巡らされ、誰でも簡単に車を持つことが出来る時代となって、原発に異論を唱える人は少数派となった。結果オーライであれば誰も文句を言わないという政治家の思惑どおりに世の中が進んで来たのだ。だが、その結果オーライが果たしてそうであったかどうか。今回の地震がその結果だが、地震学者は今後は絶対に同じ失敗をしないから、結果は先送りされていると主張する。そこまで主張したいのなら、何度も言うように、原発の中に住んでみなさい。それなら少しは賛成する人も増える。君子危うきに近寄らずと言われるように、筆者はリスクの大きなことは嫌いで、原発の近くには絶対に住みたくない。昔からそう思っていた。幸い仕事が京都が本場であったので、京都に住み続けているが、人間は動物であり、どこに生まれ落ちようとも、自由意思でどこにでも住むことが出来る。生まれ故郷に愛着を持つ気持ちはわかるが、それも自分の代までだ。子どもは別の場所に移動すればそこを故郷と思う。福島に住むのが老人だけとなってもやむを得ないだろう。政府が移転の費用を全額補償し、福島を無人にすることが可能なのかどうか、おそらくそれがあまりに非現実的であるので、国はまともなデータを出し渋っている。それを思う人は、放射能からは安全なところにまず何をさておいても移転すべきであろう。仕事がとか、生活がとか言っておれない状態ではないか。だが、それも考えようで、危険ではあっても多くの保証があるならば、そこに留まるという人もある。沖縄がそのいい例で、基地はいらないという人と、基地があることによって豊かに生活出来ると思う人がある。そこには、人生は短く、自分の人生だけよければいいではないかという、一種の無責任と刹那主義がある。後世までつけを回すなという思想は、西洋では日本以上に強い。昭和の公害の問題は形を変えて日本にはまだしっかりと根づいていて、見えない放射能を少々撒き散らしても勝手であり、健康にどうもないと思っている。今回の原発事故で癌になっても、誰も絶対に責任を取らない。それだけは自覚しておいた方がよい。また責任を取ってくれても、もう命がないでは、意味がない。
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by uuuzen | 2011-07-10 12:14 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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