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●嵐山駅前の変化、その98(駅舎から広場、脇道)
あるものはいずれ失われるが、電子データの場合は復元のしようがない。今日は昨日に続いて去年8月30日撮影の2枚を掲げるが、本来はもう1枚あったのが、MOのファイルが壊れて失われた。(これに関して投稿6時間後に追記した。)



撮影当日前後の写真があるし、また今日最初の1枚は本来横並びのパノラマを意識して撮ったもののうち右側に位置するもので、それに隣接する左側がだいたいどのような状態であったかは想像出来る。だが、それは動かないものだけの話で、たまたま写った人間についてはわからない。筆者はこの駅前写真を、人間が写らないピン・ホール・カメラのようなものとして写すつもりはなく、何度も書くように、気が向いた時に現場に行き、さっと撮って帰る。その時、その場に居合わせた人が写る場合もあるし、そうでない場合もある。その自然さがいいと思っている。また、人間が写り込む場合は、その服装で季節と時代がわかる。それも重要な要素と思う。その自然さは、たとえば人との出会いがある。たまたまその場に居合わせ、言葉を交わしたことがきっかけで長年交際が続いている人が筆者には少なくない。それは求めて得たものではなく、偶然が元になっている点で授かりものだ。そのことが面白い。もしその場に筆者がいなければその人とは生涯出会うことはなく、筆者の人生も全く違ったものになっていたかもしれない。偶然出会ったそうした人と、それなりに長い年月をつきあうのは、双方に意思があってのことだが、最初に偶然が支配していることは、人生に希望を持たせる意味ではいいことではないか。たとえばの話、孤独にさいなまれている人が、ひょんなことでそれから脱する人とどこでどう出会うかわからない。そのように気分を常にオープンにしておくことはよい。そうしたことの一方、たとえばネット社会がより加速化させた、同じ趣味を持つ者同士が集う場というものがある。そこに顔を出すと、すぐに仲よくなれる人と出会う確率が高いので、無駄を省く現在のエコ精神にもかなっていると思われ、お金を払ってまでもそういう場に参加する人は多いだろう。結婚相手までネットで探す時代になっている。筆者はそうした似た者同士が積極的に集まる会は苦手で、そういうところに積極的に参加する人ともあまり仲よくなれるとは思わない。偶然、たまたまの出会いの方が面白い。その偶然の出会いが発展することも、結局は後で思い返してみると、必然であったとしか言いようがない場合がある。これは最初の偶然らしく見える出会いでさえも、実はお互いの姿を見た瞬間に何か引き合うものを本能のどこかでかすかに感じ取っていたためと思うからだ。そういう力を、趣味を同じくする場に出かけて無駄な時間と労力を使わずに出会いを求めることより、筆者は上位に置きたい。本能の力を信ずると言おうか、常に心を無にしていて、即座に人に反応する力というものを男女ともに保っておくべきだ。それは職業や肩書き、学歴、その他もろもろの社会的地位を示すものを省いた生のひとりの人間として相手を見つめることであり、その無垢な態度に同じく無垢な状態で反応する相手と筆者は仲よくなりたい。
●嵐山駅前の変化、その98(駅舎から広場、脇道)_d0053294_20344147.jpg

 話が思わぬ方向に進んだ。つまり、単なる駅前の何の変哲もない工事中の写真だが、そこには筆者の人間に接する態度も遠くには反映されていると言いたいのだ。だが、ある人は疑問に思うだろう。無垢な心で見知らぬ人にどれほど接することが可能であるかと。人は服装や髪型などで、収入の程度や、また都会か田舎のどちらに住んでいるかといったことを示しているし、また自分が貧しい身なり、あるいは芸能人のような派手な身なりをしていると、それらに応じて同じ相手であっても反応は異なる。であるので、人は初対面でお互い無垢な思いで接することは不可能という理屈がある。それは確かにそうだが、外見とは別に、その人の裸が発散している内面がある。そのアウラを感じ取れと言いたいのだ。そして男女の性行為場合は、その肉体の裸もその内部にある精神もみな相手にさらけ出せるようなものが理想だが、そのことは交際が始まってからでなければわからない場合はある。それはさておき、人のアウラさえも外見に大きく左右されるから、わざわざ接近して内面を見透かそうと努力するまでもないとの意見があるだろう。それは極端な話で、人の服装は固定的なものではないし、初対面の時に印象に残るのはその人の服装ではなく、やはり顔つきであり、物腰であり、言葉だ。たまたまの出会いを信じ、その最初の糸口の無数とも言える絡まりこそが人生だ。その間に気になりつつも縁がないままに終わるものも多く、それを惜しいとたいていの人は思うから、偶然の出会いなど待たずに、もっと的を絞ってよき出会いを効率的に求めて動く。人間はそのようにさまざまで、そうした行動に関する差がその人の顔や立ち振る舞いに現れているのかどうか、そういうことを考えないこともないではない。一見暗そうに見える人でも、各地を積極的に旅して、多くの知り合いを持っている人はいるし、その反対にきわめて陽気で、普段から笑顔を絶やさない人が生涯ほとんど旅をせず、小さな村に閉じこもったまま、そこから出たがらない場合もあるだろう。そういう差までも、たとえば写真や絵画が表現出来るのかどうか。また、人は性格が途中で変わることもある。先の例で言えば、村から一歩も出たことのない人が何らかのきっかけて出ることになり、その後は前者の人のように世界中を旅することもあり得る。その逆もしかりで、とかく人間は捉えようがなく、年月とともに思いも変わって行く。そのことをよく知っておくべきだ。10年や20年会わない人は筆者に何人もあるが、会えば昔のようにすぐに話が出来ると思う一方、お互いに何か変わってしまったことがあると感じることもあるに違いない。年月の経過は、岩のように強固なものをも崩してしまう。形あるものはいずれ失われる。これが現実で、それを悲しがっても仕方がない。許されることは、そのかつてのよき記憶をひとりで回顧することだけで、それこそは自分の内部に変わらぬ形で保たれている。現在の相手がどのように現在の自分を思っているかなど、考えないことだ。歳月の経過と、生きて行く方向が異なってしまってもう出会う機会や意思もないことが、かつての思いをすっかり摩滅させる。それは絶えず工事中に等しい日常生活への埋没こそが幸福であるとされる価値観の時代や国における真実であり、それを否定するごくわずかな者が真の芸術家になって、同じく工事を続行することに代わりはないが、思いを結晶化させた作品を生む。
●嵐山駅前の変化、その98(駅舎から広場、脇道)_d0053294_1413789.jpg

 上記を投稿して6時間後、たまたま別のファイルを見ていると、失われた画像があった。それで早速これを書き足し、また最初に置いた画像を2番目としてずらせることにする。3枚目、つまりこの追加の文章の下に掲げる写真は、左がタクシー会社で右が阪急の嵐山駅だが、さきほどこの写真を見ていて気づいたことがある。無意識でこの角度を選んだはずだが、よく考えてみるとこの写真に見える撮影角度と場所は筆者にとってきわめて重要な出来事に密着している。それはいつもは忘れているが、あまりにも深く心に刻まれているため、無意識と思い込んではいても何かの拍子に顔を出す。夢もそうだ。その意味でこの細い道をこの角度から撮った写真は、全く卑近な現実でありながら、一方で夢のような何かを想起させる。その夢のような何かはここには書かないが、先に書いた、たまたまの出会いが生じた場所で、その日を正確に覚えているし、またその時のこともだ。それをなぜ今日思い出したのか、自分でも不思議だが、最近の筆者の動揺が影響していることは自分でよくわかっている。また、昨夜は夢にうなされて大声を出すと同時にかなり暴れたらしく、家内が飛び起きて筆者を叩き起こしたが、どういう夢か覚えていない。さきほど家内と話しながら、筆者が最近同じように夢にうなされることが多いのは、考えて見れば去年の1月くらいからだと言われた。そう言えばそうで、となると地震とは関係がない。確かに自分でもそう思う。どこか精神的におかしくなって来ているのか、それが地震後の動揺によってさらに悪化したと思う方がいいのかもしれない。ではなぜ去年1月くらいから夢見が悪くなって眠っている時に怒鳴ったり、体をじたばた動かしたりするようになったのか、思い当たることが何もないので、これを書いていて自分が少々気味が悪い。夢が無意識の反映とすれば、筆者は去年から今までとは違う無意識を抱え始めたのかもしれない。それは現実の何かが引き金になっているはずだが、やはり思い当たることがない。そう言えば、数日前にきわめて鮮明で珍しい夢を2回見た。よほど「夢千夜日記」のカテゴリーに書こうと思ったが、夢を文字にするとあまり精神衛生上よくないことを感じているので忘れることにした。またそう思ったところが、筆者が現在精神的に不安定であることを示しているだろう。体が老化するのと同じように、精神も壊れて来るのかもしれない。
●嵐山駅前の変化、その98(駅舎から広場、脇道)_d0053294_142244.jpg

by uuuzen | 2011-05-16 14:02 | ●駅前の変化
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