●嵐山駅前の変化、その90(売店、脇道から広場)
われた狭い通路と改札口がつながって、ちょっとした迷路遊びの気分を味わえたが、それもわずかな間のことだ。今日の写真の3枚目は、特にその迷路のような様子が伝わるだろう。どこが改札口かわからないが、地面には矢印を示すゴム板が置かれるなど、誘導態勢は万全だ。



去年8月9日の撮影で、明日と分けて掲載する。2月と8月は京都へやって来る観光客の数はドン底期に当たる。それを見越して8月は写真のような大がかりな覆いを設けての工事だ。桜の木の下にあったふたつの床几はもう見えない。この駅前工事において最も早く完成したのは、円形階段の左手、売店の壁面に設置された自動販売機だ。売店はまだ完成していないのに、先に自販機を置くのは、夏であるから、詰めたい飲み物を買う人がいるとの判断だ。駅前にはコンビニがあるが、そこでなくともここで買えるぞという思いが伝わる。また、少し歩けば自販機はいくつかあるが、駅前では駅を降りた人には真っ先に目につく。問題はそこで買った飲み物の缶や瓶をところかまわず捨てる者がいることだ。嵐山には、昔はドラム缶大の大きなゴミ入れの篭があったが、花見シーズンにはすぐにいっぱいになり、その何倍ものゴミが山となってゴミ入れを埋めるほど積もるので、市は撤去を決めた。ゴミは自分で各自帰るべしとなって、その意識はかなり徹底したが、持ち帰らず、あちこちに捨てる人は絶滅しない。中には嵐山駅のプラットホームに備えられているゴミ入れに、持参したゴミを詰め込む地元住民もいる。ゴミ袋は市指定の有料のものを使う必要があるから、それを逃れるためにスーパーの袋などに入れて、それを出勤時に駅のゴミ入れに捨てるのだ。こういうケチ根性は醜い。学生時代、学校のトイレに備えてあるトイレット・ペーパーのロールを家で使うからとよく持って帰る奴がいた。ついそれを思い出す。そういう行為は、家に金がない貧しい暮らしであることが理由ではない。心が貧しいのだ。トイレット・ペーパーを持って帰っていた奴はいい会社に入ったし、それなりに出世もしたであろうが、筆者は会いたいとは思わない。ゴミの話になったのは、昨日の内容を覚えていたからではない。そうそう、昨日の天王寺で見かけたビール缶を投げ捨てた男だが、陸橋の端の袖部分に陣取っていて、缶は自分の前方5メートルほどの、陸橋の起点の中央部に捨てた。つまり、陸橋を往来する人は誰でもいやでも目につく位置だ。それに、陸橋は総タイル敷きであるから、空き缶の音はすこぶる響く。捨てられたふたつの缶はどちらも手で潰され、50センチと離れずに転がった。狙ったようだ。さすがパチンコ屋の店員で、モノを決めた位置に放ることを得意とするのだろう。
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 このブログは、いろんな写真を掲載しながら文章を載せることが習慣づいて来たようだ。写真があればそれにまつわることを書けばいいから、写真を撮ったり加工したりする時間を要するとしても、これは考える手間が省けてよい。何をどう書いてもよいブログであるが、「日々の雑感」とある程度決めていると気楽であるし、また「日々の雑感」ではあっても、それが長く続くと何らかの予期しない形が生まれて来ると信じている。そして、そのようにして獲得したものは強みになると思う。それはいいのだが、今日はどういうわけか20年ほど前のことをやたら思い出し、このブログの本来の目的といったことも考えた。と、こう書いてはたと手が止まってしまった。何を言いたいのかと言えば、毎日このブログに雑文を書きながら、筆者が決してここでは書かないことがたくさんあって、時にそういう事柄について思いを巡らすと、ここに書くべき内容が手薄になってしまうことだ。そうした分け隔てをなくすことが理想かもしれないが、理想は理想であって現実とは差がある。だが、このブログに書かない事柄が筆者にとってきわめて大きく思えることと、さほどそうではない場合とがある。これは日によって思いが変わることであり、筆者の気まぐれを示していると言える。で、今日はその書かないことについてのひとつが極限にまで大きくなって、そのことを紙に手書きで記そうかという思いになったが、仕事が忙しいこともあって、それを実行しなかった。思いはしぼんだのではなく、また大きくなる時が来るはずだが、結局は紙には書かずに忘れようとするだろう。そして、その忘れようとするために、この毎日のブログの雑文がかなり有効的なのだ。つまり、こうして書き続けているのは、何かを忘れたままにしておくためと言える。たとえれば、壊れた福島原発に水を注ぎ込み続けることだ。そうしている限りは燃料棒が冷却されて放射能漏れがない。はははは、となると、ここに決して書かないことは放射能みたいなものか。それはかなり正しい比喩だ。その記憶はごくたまに手がつけられないほど筆者の心をかき乱す。そのため、蓋をして暗闇に沈めておく。そして憑かれたようにブログに雑文を連ねる。本段落における以上のことは、読者にはさっぱり何のことかわからないだろう。そういう側面を抱えながらのこのブログであると言いたいだけで、筆者の全体像はこのブログだけではわからない。そう言えば、たまに家内は、筆者のことがよくわからないと言う。長年暮らしているのに、筆者の本性がわからないと言うのだ。これは、筆者が思いに浸っていることを察しているのかもしれない。地震予知に似ているか。
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 もう少し書こう。決してここに書かないことは、ここに書いていることと密接につながっている。不即不離の関係にあるとも言える。前言を翻すようだが、何かを忘れたいために書くいう消極的な理由に尽きるのではない。そんなことのためなら、こんな長文を毎日書くより、好きな音楽を聞いて寝転んでいる方がよい。また、何かを忘れるということは可能であろうか。どうでもいいことは忘れようとしなくても自然に忘れてしまうが、そうでないことは何年経っても昨日のように思い出す。今日はムーギョ・モンガに行く途中で、そんな時間と忘却についてもぼんやり考えた。昨日書いたように、日づけを記憶するのが苦手な筆者は、10日ほど前のことでもそれが何日であったかを思い出すのに苦労するが、経験した事柄の細部まで長らく覚えていることが出来る。そして、過ぎ去ったことは今になってどうすることも出来ないから、思い出してもそれだけのことだが、その思い出が鮮明で、現在を強く縛ることがある。古い出来事ほどおぼろげになるというのは嘘で、時間の経過に比例して思い出の鮮明度が減少することはない。そう考えることもあって、このブログでは去年撮った写真に現在の思いを突き合わせて掲載する。過去も現在も同じというつもりはないが、過去があって現在があり、その過去の一部が現在まで色褪せていない場合がある。これまた原発の放射能で言えば、半減期にたとえればよい。1週間で半減する放射線のヨウ素もあれば、30年かかるセシウム、また億年単位を要するウランもある。同じ時期に生成されながら、そのように性質の異なるものが存在することは、思い出と一緒だ。たいていのことは1週間の半減期に相当するが、誰の人生においても、生涯かけても半減しない記憶がある。それがなくなるのは、脳細胞が劣化するか、死ぬかだ。だが、ここで改めて考えるのだが、1週間で半ば忘れるか生涯色褪せないかは、自分がそう決めるのであって、その思いを変えれば、生涯忘れ得ないことも簡単に忘却の彼方に追いやることが出来るのではないか。禅僧はそうしたことをどう考え、またどう対処したであろう。答えはおそらく簡単で、その一生忘れ得ないことが、自分にとって重要であるかどうかだ。いやな出来事であるか、その反対であるかと言い替えてもよいかもしれない。だが、物事はそう簡単ではない。いやな出来事かもしれないが、全くその反対と捉えることも出来る。今回の巨大地震がそうではないか。地震はいやだが、起こってしまったものは仕方がない。そのため、これを契機に次に備えればよい。そうなると、今回の地震は意味があったことになる。いあや、やはりその比喩は完全ではないし、また自分の意識だけで過去の記憶が完全に制御出来るとは思えない。夢がそのいい例で、眠っている間に自分が予想つかない夢を見る。そして筆者は目覚めている間でも、その夢と同じように、制御出来ない想念が湧き立つことがある。今日はそんな迷路に入ったような一日であった。ムーギョ・モンガに行くために外に出た途端、満月の1日前の晧晧とした月が頭上に照っていた。道理で筆者を狂わせる。
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by uuuzen | 2011-04-16 23:59 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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