●嵐山駅前の変化、その81(脇道から広場)
急の違いはあっても、何でも必ず変化して行く。Now You See It-Now You Don'tだ。今回の地震に対するコメントとして、昨日のTVで瀬戸内寂聴が「常ではない」の「無常」だと言っていた。



それは全くそのとおりだが、その言葉で被災者が諦めもつくかと言えば、そうなるのは傷が癒えてからの話で、もっと先のことだ。同じく昨日のTVで、カン・サンジュンが被災地に入って、壊れた電車の車両の脇に立って、夢のような光景だと言っていた。それは現場に立たない者でもわかる。現場に立つのであればなおさらであろう。だが、ここが微妙なところで、現場に立たずにTVで見るだけでは、また停電もない近畿にいては、その夢のような感じは現場に立って感じるそれとは質が全く異なる気もする。だが、被災者が避難所にいて、今自分がなぜここにいるのかと考えた時、自分に起こったことがあまりにも急激であったために理解出来ず、夢のような気分を味わっていると思えるし、その気分は地震とその影響を直接には体験しない筆者の気分と案外同じようなものかもしれないとも考える。確かに筆者の場合は、以前の無事な生活が今もあるので、夢気分はまさに目覚めれば夢であったという安心につながっているのに対し、被災者は目覚めても悪夢であるから、比較するのは不遜とのそしりを受けかねないが、夢のようであると思うその一瞬は同じに思える。そして、その微分化された同質部分を被災者が拡大して考えるならば、筆者と同じように安心につながり得るのではないかと想像する。カン・サンジュンは避難所を訪れて小さな子どもに対してめったにTVでは見せない笑顔を寄せ、またその母親たちには握手で応じていた。その部分だけ取り出せば地震はなかったように思えるし、被災者も実際悪夢であることをその瞬間だけは忘れられたに違いない。そこにも筆者は救いのようなものを見る。緩急の差があっても何事も移ろう。人間の心も例にもれない。自分に生じた悪夢であると沈み込まずに、どこかでそういう自己を冷めて見つめる態度は必要ではないか。そしてそういう態度はこれからますます求められる。そしてやがて人生が無常をであることを受け入れられる気がする。
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 今日からまた駅前の変化シリーズを始めようと思う。ところで、昨夜帰宅すると1枚の工事予告チラシが入っていた。これは今までに書かなかったことだが、裏庭の向こうに小川を挟んで大きな畑がちょうど1年前まであった。それが急にブルドーザーが入って整地を始め、2週間ほどかかってすっかり平地にしてしまった。その直後地元の人からたまたま耳にしたところ、マンションが建つとのことであった。筆者には晴天の霹靂で、今まで楽しんだ畑の季節ごとの変化が一挙に失われた。他人の土地であるのでいずれそうなることは仕方がないが、その一方でその土地はかなり特殊で、現状では建物を建てるための必要な道路を造ることが出来ず、それもあって地主は貸畑にしているという噂であった。ところがブルドーザーはかなり小型で、畦道から入ることが出来た。マンションが建つにはその敷地が面するバス通りからトラックが入って資財を搬入する必要があると思うが、裏手に当たる細い畦道からブルが入ったのであれば、工事は裏手を出入り口にし、またマンションの玄関もそこに出来るかもしれない。そうなればマンションは比較的小さなもので、しかも木造かもしれないと思うが、昨日のチラシでは11日から8月末日まで造成工事をすると書いてあり、マンションが出来るとはどこにも触れていない。去年春にブルが入って畑を整地したことが造成工事と思うが、来週から半年も要して造成工事をするとは、よほど背の高いマンションが出来るための基礎作とも思える。バス通り沿いなので、5階建てまでは可能だが、そんなものが建てばわが家の3階から西山が見えなくなる。日当たりや風通しも悪くなり、またマンションからわが家が見下ろされる。この心配を去年春に感じてから今日までそのことを書かなかったのは、整地されて以降、さっぱり動きがなかったからだ。その畑はわが家の近辺では唯一残されていたところで、その存在が筆者が今の場所に住むひとつの理由ともなっていた。今までその夢を見続けることが出来ただけでも幸福であったと思えばいいのだろう。京都市内で広い畑を見下せるところに住めるというのは、もうそうとう贅沢なこととなってしまったのだ。また、その畑であった場所に建つマンションは、住所がわが自治会であるため、場合によっては自治会への参加を求めて筆者が居住者に話を持ちかける必要がある。
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 わが家の裏庭の向こうは駅前ではないが、駅前とほとんど変わらない近さであるため、マンションはそのことを最大の売りにするだろう。そのこともあって、来週から始まる工事を半年の間、3階の仕事部屋から撮影し、このカテゴリーに載せてやろうかと思わないでもない。だが、このブログの右欄にある「梅畑定点観察」の続きとなるその写真は、今までのように畑の作物や梅の木の変化を見る写真とは違って、味気ない建物が少しずつ建って行く記録写真となる。それは同じ変化であっても、自然のサイクルを示す変化とは違って半永久的な固定化への道を後づけることで、「梅畑定点観察」の延長としてその作業をする気にはなれない。だが、こうも考えることが出来る。筆者の住む建物が40年前に畑を潰して建った時、地元の人は筆者と同じような思いに囚われたかもしれない。いや、きっとそうだろう。人は自分のことは棚に上げて物事を考えやすい。わが自治会内で少しずつ畑がなくなって行く事態は、40年前どころか、もっと昔から始まっていた。それがついに最後の畑まで潰すところまで来ただけと考えればいい。そのようにして時に自分の夢を打ち切るしかないことは、誰にでも人生には何度もある。また地震の話をすると、仙台のある印刷屋が津波の被害を受け、無事だった従業員全員を解雇せざるを得ず、従業員は泣く泣くそのことを受け入れるしかないという場面が昨日のTVであった。全く予期せぬことが誰にでも大なり小なり起こり得る。今日掲げる駅前写真は7月19日撮影で、3枚目のものは、改札を出て右手すぐの駐車場で、2年前まで食品の製造工場があった。筆者は顔見知りの従業員も多く、事務所に何度か入ったことがあるし、毎月回覧板も持って行った。それが急に倒産した。従業員は即座に全部どこかへ散ってしまい、土地は人手にわたり、建物は解体された。そのことは従業員にすれば、緩急の変化で言えば急に当たるが、もっともっと急であるのが今回の地震であった。急激な変化に人間はうまく対応出来ない。であるから、出来るだけ強固なものを求める。ダイアモンド・リングを結婚相手に贈るのは、人の心の変化が最も辛くて耐えられないからだろう。だが、これは贈る方の心が変わりやすいからではないか。それはいいとして、壊れやすいようでいて、壊れにくいのが人間の心であるようにも思う。変化を受け入れながら老いて行くしかない。
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by uuuzen | 2011-04-04 11:21 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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