●松尾駅の駐輪場、その11
が3日前からよく出る。カリン酒はそういつも飲むことが出来ないため、喉飴をなめているが、効果はない。家の中が埃っぽいうえ、掃除機が吸い込んだ紙を取り除こうと蓋を開けた時の埃を吸い込んでからそうなったような気がするが、それ以前から風邪気味だったのをこじらせたか。



だが、熱はない。薬を飲んでも変わらないので飲むのをやめたが、これから寒くなるのがいやだ。寒さで思い出すのは、江戸時代やそれ以前の人々の生活だ。綿がまだまだ入手困難で、今のように軽くて暖かい衣類の素材もなく、みんな簡単に風邪をこじらせて死んだのだろう。禅僧には長生きしたのが多いが、これは若い頃から心身ともに鍛えたことによる。今は栄養を高め、医療が発達し、暖房器具が豊富になったために寿命が延びたのであって、心身の強靭さはその分退化しているだろう。かといって今さら禅僧でも禅僧のような生活を好んでする人はおらず、今から10数年前か、清貧という言葉がはやった時、それを揶揄する向きが多かった。豊かになった日本で何を今さら清貧かというわけだ。清らかとか貧しいという言葉がすっかり忌み嫌われるようになり、そういう言葉を振りかざす者を胡散臭く見る人が多くなった。そこには、たとえば仏教への不信があるだろう。不況になっても京都祇園では僧侶だけは豪勢に遊び回るというし、TVによく出る小説家でもある尼僧は、毎日高級なビフテキを食べないと気力が湧かないと言っていた。よく稼ぐ尼僧であるので、お金をどう使おうがかまわないだろうし、またそんな生臭なところがあっても、総体的に人に与える影響がいいのであれば見逃そうという一般の人の思いもある。仏教はその点全くつごうのよいように出来ていて、どのような行為でもどうようにでもいいように言いくるめることが出来る。だが、何か間違っている気がするし、そうした僧侶の行動を見慣れている現代人は、僧侶が言いたがるような清貧といった言葉に欺瞞を感じる。また本当に清貧な人はそういう言葉を口に出して、自分がそういう信条で生きているとは言わない。
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 清く貧しいから今思い起こすのは流し台のパイプだ。清くて貧しい人のそれはあまり多くの種類のものを大量に流さないので、金持ちで豊かな人のものよりおそらく内部にこびりついている垢は少ない。そのためにかえって健康だが、豪勢な食事を毎日たらふく摂取する金持ちは、パイプの中はドロドロ状態で、戦後の日本は誰もがそういう方向に進んで来て、成人病が増えた。そこで金持ち、あるいはそんな国家が考えるのは、その流し台のパイプとそれにつながる施設を新品に取り替えることで、それがたとえば臓器移植の形となって来た。ドロドロにしてしまえば別の新しいものに取り替えればいいという発想は、いかにも金持ちが考えそうなことだが、臓器は清く貧しい人の比較的きれいなものが転用されるから、人間は弱肉強食どころか、共食いを平気でやることは昔から変わりがない。清く貧しく長生きしても、力のある者に食われるのが落ちで、その金持ちは罪滅ぼしの意識もあって、あの人は清貧であったと、せいぜい軽く称えるだけのことだ。だが、そんな状態はごく小さな範囲の社会から世界的規模までいくつも段階があり、今は日本が中国の大国ぶりを、つまりは金持ちぶりを意識せざるを得ないようになった。先日上海万博が終わったが、日本では報道が少なかったように思う。日本からどの程度の人が見に行ったのか知らないが、何となく中国の万博が成功してほしくないような気配があったのではないだろうか。大阪万博の入場者数を越えることはまず出来ないだろうという予測がそこにはあったと思えるが、日本でさほど宣伝せずとも、大勢いる中国人が押し寄せて大阪万博の入場者数を越えた。そうしたこともあってかどうか、日本は今かなり負け意識が出始めている。今後は中国とどうつき合って行くか、中国学が盛んになるはずだが、中国との歴史は欧米との関係以上に長く、また根源的なものであるから、中国学は日本学と同じことにもなるだろう。漢字を今も使い、また仏教も盛んな日本は、中国がなければ存在しなかった。島国であるから、どうにかその影響をある程度に抑えることが出来たが、中国圏の一辺境の地であることは明らかで、いい意味でも悪い意味でも中国を無視してはやって行けない。そこで問題なのが、日本が江戸時代のような清貧を旨をする国に戻れるかどうかで、またそうなったとして、流し台のドロドロの太いパイプの中国に臓器移植的なことを捧げるのでない限り、生き延びて行けるのかどうか。つまり弱肉強食の渦中にさらに巻き込まれるのは必至だが、そこで日本がまた読みを誤って戦争にでもなる可能性を思う人は少なくないだろう。
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 今日の写真は6月23日の松尾駅駐輪場で、いつものように両端から撮っている。カリン酒に漬けるカリンの木がここには道路際に1本植わっていて、毎年今頃になると実が色づき始めた。その蛍光色と言ってよいほどの明るい黄緑色が勝った黄色は、かなり遠く離れたところからもよく目立った。だが、硬い実なので、鳥は見向きもしない。地面に落ちているのを拾って来てカリン酒を漬けたものだが、それがもうほとんど残っていない。今年はスーパーで買って来て漬けようか。喉にどれほど効き目があるのかわからないが、確かに喉を通る時には何となく喉に保護膜が出来るようなことを想像する。そういう思いは体調に影響するだろう。カリンの木がなくなることを知っていれば、実から種子を取ってわが家の庭に植えたのにと残念だ。筆者が知る限り、そのなくなった1本以外に地元の散歩する範囲にカリンの木は植わっていない。カリンの実が出来るまで何年かかるか知らないが、高さ5メートルほどに成長しているのを別の場所で何本も見かけるので、庭にはあまりふさわしくないかもしれない。スーパーで買って来て種子を取りよけて植えることにするか。あの鮮やかな色を秋になって毎日見たい。
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by uuuzen | 2010-11-08 12:24 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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