●嵐山駅前の変化、その48(駅舎、広場)
急嵐山駅前の変化、今年の桜満開の4月4日撮影分の残りを掲げる。月末で区切りがいいこともあって、今日でしばらくまた間を置く。



現在の駅前は真夏という、京都観光では2月とともに訪れる人が最も少ないこともあって、昼時は人影がほとんどない。にぎやかなのはホテルの建設現場くらいなものだが、そこも普段は出入口を閉ざして大型ダンプの出入り時だけ開かれるため、内部の変化は見えない。裏手、横手に回れば工事の進行具合がわかるが、それを適切な角度で撮影するには、生活道路の奥深く入り込み、しかも住民に怪しまれながらということになる。そこまでして撮影するつもりはなく、駅前に降り立った人がごく普通に見る角度、つまり筆者がぶらりと散歩する時に見る光景を写している。そのため、工事は進んでいるのに、表向きはそれが見えず、写真を撮る回数は思ったよりも多くない。たとえば、5月は2回しか撮らなかった。そのため、この後追いで掲載している駅前変化シリーズは、毎日掲載すると現在に接近するのが早い。それが理由というわけでもないが、しばらく中断してから再開する。駅前の変化は別段面白い光景でもない。またこのブログを見る人はごく少数であるので、一度ぶらりと見に出かけてやろうと思う人はいないだろう。筆者が有名人で、しかもこのブログに人気があれば、それなりにやって来る人の数はあろうし、またそうなれば筆者は多少なりとも嵐山観光に貢献することになる。それを望んでいないと言えば嘘になる。なぜこんなことを書くかと言えば、このシリーズの最初の方の回に書いたように、冨田渓仙の家が桜の林から見え、また渓仙が桜の林となる前の同じ場所に立って撮った写真を知るなど、筆者にすればこの駅前がそれなりに歴史的に面白いと思え、その最先端の状況を紹介するのは、地元住民、そしてブログをやる者からすればひとつの義務とも考えるからだ。筆者が有名でなくても、渓仙に興味を抱いた人がたまたま筆者のブログを見て、多少の関心を抱くことは考えられる。そういう想像は楽しいし、案外そういう想像は筆者が知らない間に満たされているだろうとまた想像を重ねる。渓仙は誰かが渓仙の家を桜の林に立って見つめたり、また渓仙が桜の林にやって来て写真を撮ったことを誰かが知ることを想像しなかったかもしれない。だが、現実にそういうことが起こったことは、筆者のこのブログを見て駅前に降り立って同じ角度で周囲を見つめる人が今後現われる可能性のあることを示す。それに何か意味があるのかと言う人があるかもしれない。そういう想像力のない人はいつでもどこでもそれにふさわしい人生を歩むし、筆者としてもどうでもいいことだ。
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 もっと想像を書くと、このブログのファンがそれなりにたくさんいて、しかも筆者に会いたいという人がそのことをコメントに書き込んでくれるようなことがあれば、時間を指定して駅前に集合し、筆者の引率で説明会を開くのもいいかなとも思う。それは「おにおにっ記」でも同じで、筆者がどこを毎日どう歩いているかを実際に見たいという人があれば喜んで見せてあげるのにとも考えている。だが、そういうことは起こらない。結局のところ、このブログはほとんど誰にも聞こえないつぶやきに等しい。そのことをよく知ったうえで、なおかつこうして書くのは、何年も経った頃、誰かが目を留めることもあるかもしれないというささやかな思いと、自分が日々こうして見て考えたという記録のためだ。渓仙の絵を愛する人は世にたくさんいるが、その家を桜の林に立って眺めたり、またその桜の林にかつて渓仙が立ったことに思いを巡らす人はごくごく稀であろう。それを思えば筆者のこのブログのこの記述に目を留めて興味を抱く人はほぼ皆無であるはずだが、それでもなお書きたいのは、どんなことがどこで生じるかわからないという想像をするからだ。これは前にも書いたことがある。鳥がいずれ食べるためにと思って地面に埋めた木の実が、忘れられて発芽し、やがて大木になる。筆者はその話が好きだ。鳥がした行為が、鳥の知らないところで変化を起こす。このブログがそれと似たものでないと誰が言えるだろうか。
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 話が変わる。元ボクサーの竹原慎二による悩みの相談コーナーがブログにある。筆者はたまにこれを読む。相談者はだいたい若い男性で、回答はたいてい相談者を痛烈に批判している。簡単に言えば「甘ったれるな」だ。昨夜たまたま検索していると、この竹原の態度を否定する意見が並ぶ画面に行き当たった。やらせであるとか、竹原の人間性を疑うなど、讃辞が皆無であることに驚いた。筆者は竹原の回答があまりに常識的かつ正論で、筆者の思いと100パーセント一致すると言ってもいいが、世の中には匿名の陰に隠れて根拠のない勝手な想像をネット上に書き込む輩がいる。竹原の人間性を疑うと書き込む人間は、竹原の文章のどこにそれを認めたのか。そのような書き込みをする人間の何万倍も竹原はまともな人間であることをその人物は知らず、恥晒しをしている。また、その相談室はみんなやらせであると言う考えは、いったいどこから出て来るのだろう。確かに質問も答えも文章としてよく整理されているので、編集は充分になされているだろう。だが、それはやらせとは別の次元のことだ。また、やらせと主張する人は、その相談室の内情をよく知っている関係者と言うつもりか。こういう貧しい想像しか出来ない連中が多いので、竹原が毎回相談室でぶった斬っているのだ。ボクサーで世界チャンピオンになったことのある竹原の努力は、匿名でこそこそと書き込む連中には全く理解出来ないものだ。悔しければ竹原のように有名になればいいだけの話ではないか。その努力も、またそれへの想像をさえする勇気もない連中が恥晒しをネットに書き込む。ここで思うことは、ブログは価値ある内容も無価値のものも、同じパソコン画面に同じように文字で表示されることによる、書き手側の自惚れの錯覚だ。それは想像力の貧困さなのだが、どんな意見でも書き込むと、それはいっぱしの有名人の意見と同じような字面として画面に映る。こういうことは出版本やあるいは新聞でもあり得ない。そこには選ばれた者が責任を持って書くという立場がまずあって、読み手は安心出来た。ところがネットはそうではない。ゴミのような意見が氾濫し、それが一見そう見えなかったりする。ひどいことには本人がゴミであることを知らず、むしろ有名人と同じと錯覚する。
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 相談室で思い出す。富士正晴が一時新聞で同じことをやった。その顛末を本に記しているが、富士は回答を重ねるごとに、相談者に対して憤ることが増えて行った。相談者は自分でこう言ってほしいという考えから質問する。そのため、自分に不つごうなことは書かない。だが、読む人が読めば文面からそれが見えて来る。そこでつい、回答者は相談者を皮肉りたくなる。その富士時代の相談から半世紀経たのが竹原の相談室で、竹原が質問者を罵倒するのは実に正しい、時代の流れにかなったことだ。富士時代とは違って、今は努力らしい努力をせずとも食って行ける。そういう中で若者が甘ったれた考えも持ち、それに対して罵倒調で本人を覚醒させる必要はある。それは愛情というものだ。愛情が持てない相手には、回答もせずに無視するはずだ。世の中とはそんなものだ。優しいからこそ回答し、また罵倒もする。どうでもいい相手なら、適当に誉めて他人事と決めてかかっておけばよい。そして、そんな誉め言葉を欲するのが今の悩みの相談者や若者であるとすれば、竹原のような回答者こそが歓迎されるべきなのだ。それが理解出来ずに竹原を逆に罵ったりするような人間は、しょせんそのまま、あるいはもっとひどい人生を歩み、誰も相手にしない、あるいは同類が集まって傷を舐め合うだけのことだ。また、竹原の回答によって立ち直る者は最初から相談などほとんどしないはずで、それだけに竹原の回答は質問者を貶めているだけのひどいものという見方がされやすい。それもよくわかったうえでの竹原の回答であるところが面白い。そこにはかつて頂点に立ったことのある努力家の自負が覗く。だが、その頂点とは宝くじに当たったようなものとは決して違う。日々の努力の賜物だ。それが理解出来ない連中が今日もネットにゴミを吐き出す。それでもその図が世の中だ。ゴミがあれば花もある。大量のゴミが腐って肥料になると思えばいいかもしれない。筆者は自分でこうしてゴミ的な大量の文章を吐きながら、どうにかして小さな花をと考える。
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by uuuzen | 2010-07-31 23:59 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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