●嵐山駅前の変化、その25(広場)
注意報が出ている。桜が満開になったが、こんなに寒い4月は珍しい。昨日は桜を求めて嵐山にどっと人が押し寄せていた。今日の日曜日も同じことになるだろう。



残念ながら、天気は昨日と同じでとても寒いようだ。昨日の正午過ぎ、駅から人がどんどん出て来るのを押し分けて電車に乗ったが、車内はもう帰りの客でいっぱいであった。午前中にたっぷりと嵐山の散策をしたのだろう。映画と展覧会を見た後、河原町まで歩くと、そこはもっと多くの人で、高瀬川沿いの桜が満開と一緒になって、いつも以上に賑やかな色合いになっていた。3のつく日であることを思い出し、ギョーザがいつもの250円から150円になる、とある中華料理店に入った。そこからは水が勢いよく流れる鴨川や川沿いの桜が見えた。川沿いでは数十メートルの延長コードを引いて、ひとりの若者がギターのチューニングをしていた。どんな曲を歌うのか、大きなスピーカーがふたつこっちに向けて設置してあった。2、3週間ほど前は、同じ場所で別の男性が「オー・ダーリン」を歌っていた。なかなかよく真似ていたが、ポールの声のように高音に張りがなかった。筆者がその歌を同じように歌っていた頃、その若者はまだこの世にいなかったが、それをその男性は実感出来ないだろう。円山公園の枝垂れ桜は3日前に見たが、6日にも見る予定になっている。樹勢が年々衰え、今年はさらに見る影がなかった。面白かったのは例年どおり、八坂神社境内の北側に設置されているお化け屋敷で、去年あたりから、それに「お笑い」がつくようになった。恐いだけでは誰も入らず、笑えるものでなければならない。その前にしばし立つと、中から女子の甲高い悲鳴が断続的に聞こえて来る。それがなかなか派手で面白い。そこから100メートルほど離れてもその悲鳴はよく聞こえたが、女性の悲鳴は男性のそれとは比較にならないほどに遠方に届くようだ。円山公園の象徴である枝垂れ桜に話を戻す。もう今以上の花をつけることはないので、植え替えればいいと思うが、そうなれば円山公園が20年や30年は名所でなくなるから困るのだろう。それでも外人の観光客に見せるにはあまりにも見すぼらしい姿で、記憶に残る桜があれでは、ほとんど京都の恥だ。ぱっと散るところに桜のよさがあるとするのであれば、今年限りでばっさり伐採する方が潔くてよい。だが、それをやらずに騙し騙し長持ちさせようとするところに、京都のある種のいやらしさ、ケチさ加減がよく出ている。先日は鎌倉の鶴岡八幡宮の大きなイチョウの木が倒れたニュースがあった。この調子で行けば、円山公園の枝垂れ桜も同じ運命になるのはそう何年もかからないだろう。そうなったらなったで、ふんぎりがついて、みんな本当は安心して、自然の威力のせいにして次の若い苗木に植え替える。あるいは苗木ではなく、そこそこ育っている木をトレーラーで運んで植え替えるという大工事になるのかしらないが、そうして植え替えると、ものの数年でみんな今の弱くなった姿をきれいさっぱりと忘れる。それでいいのだ。
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 さて、今日も3月9日の駅前写真を掲げる。円形の植え込みにあった大きな岩は撤去された。どこに持って行ったのだろう。新しい場所で鑑賞に供されるのであればいいが、粉々にされてコンクリートの骨材になるのではあまりに岩がかわいそうだ。あの岩もかつては嵐山の駅前にふさわしいものという理由で選ばれ、また運ばれたはずだが、最期は子どもが乗って遊ぶ道具になっていた。それもまた岩は楽しんだであろう。筆者の写真は図らずもそれを記録した。その岩は枯山水のためのものと言うにはあまりにも中途半端であった。ほかにめぼしい岩がなかったし、また岩の背後や周囲によく育った樹木によって、すっかり存在感を失っていた。つまり、あってもなくてもいいようなもので、植え込み全部を撤去するには、かえって邪魔になった。そのため、岩も自分がやっかい払いされたことを納得しているかもしれない。岩がなくなったと同時に、岩のすぐ後ろにあった背の高い街灯もなくなった。いや、正確に言えば、今日掲げる写真にそれは写っている。左手地面に横たえられているのがわかるだろうか。円形の植え込みだけではなく、ホテルの敷地内もあちこち掘り返していて、桜が満開になるまでの約1か月前、急ピッチで作業が進んでいた。もうひとつの大きな変化が、「その23」の写真と見比べればわかる。それはホテルの敷地内に建っていたレンタサイクルの建物が消えたことだ。これは阪急が営業をやめたことを意味していない。わかりにくいが、桜の林の南端から駅前を見下ろした写真、つまり3枚目の写真の中景に、代わりの小さな建物が見えている。そこで営業を始めたのだ。「その21」の3枚目の写真では、左端に青いビニール・シートが木陰に写っている。それはレンタルの自転車をたくさん置く臨時の場所で、そのかたわら、つまり新しく出来た歩道の際にその臨時営業の小屋が建った。そこでは3、4人の中年男女が働いているが、以前には見なかった顔だ。それは筆者がレンタサイクルを覗いたことがなかったからだが、小屋が出来始めてからは、歩道を歩くたびに彼らを間近で見ることになった。彼らにしても筆者のことをよく見かける変なおっさんだなと思っていることだろう。もちろんこの小屋は、ホテルが出来ればその1階の以前と同じ場所にまたテナントの形で入って営業するから、来年のちょうど今頃には撤去される。小屋は今日掲げる写真にもその正面の半分程度がごく小さく見えている。
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 桜の林の南端に立って写すこの3枚目として掲げる写真からも、付近の変化の様子がわかる。最も大きな変化は歩道と車道に分かれたことだが、自転車は車道を走れるから、筆者にすればこの坂を、ペダルを漕がずに一気に下ってわが家までたどり着くスピード感を味わうことは以前のままと言ってよい。ただし、前方から車が来れば、以前のように横にずれる道幅がなく、ブレーキをかけながらということになるか。前にも書いたが、30年ほど前はこの道は砂利を敷いていた。そして左に見える駐車場には2階建て木造の嵐山レストハウスがあった。営業不振になって取り壊されたのが、もう10数年前だ。また写真に見える向って右側の歩道に立つ3本の電信柱のうち、2本目辺りの位置の車道内に巨大な楠があった。それが道を塞いでいたので、車は避けて走る必要があった。ところが車道と歩道に分けれると、その木があっては車が走れない。そこで数年前に切られた。それはいいとして、2月下旬から電信柱が立ち、写真の右端にそれが見えるようになった。この付近は建物がないから、なぜそんな場所にそれが必要なのかはわからない。だが、何年も前から人がわからないうちに何事も進む。筆者が想像するに、この新しい電信柱は、その近くに電気を消費する何らかの施設が出来るための布石で、それこそが桜の林に出来るスーパー銭湯だ。それが建ち始めるのがいつのことかは知らないが、ともかく今年は桜は無事に咲いた。それが最期の姿になるかもしれない。その写真はまたいずれ掲載する予定でいる。
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by uuuzen | 2010-04-04 00:13 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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