●嵐山駅前の変化、その21(広場)
り返えす寒さにくしゃみで花が散り。はは、花(桜)に鼻から出る洟をかけたぞ。しかし、実際に桜に向って大きなくしゃみをして、花を散らせてみたいな。



どうせ散る桜にくしゃみの猛しぶき。ははは、これもまたかなり下品な駄作だな。で、雨天曇天のため、桜が開花しているというのに、嵐山は人がまだ少ない。明日の祝日は冬に逆戻りの寒さというから、なおさらだろう。昨日書き忘れたが、訃報を配った後、電話で副会長とやり取りをして、葬儀には代わりの人に出てもらった。旅をしたのは、家内が4、5日の連休が取れたためだ。それで以前から行きたかったところに急きょ行くことにした。筆者は決めると動きは早い。その決めるまでがなかなかで、結局は優柔不断なのだが、案外何でも安請け合いしてしまうところ、あまり悩まない性質らしい。それで、他人も自分と同じように何でも引き受けてくれるとつい考えがちにもなるが、人に頼み事をする時は、その人をよく見なければならない。これが案外難しいが、筆者は割合口説き上手と思っている。ただし、口説く場合はそれが通じることがだいたいわかるし、またそうではない場合は最初から頼みもしない。ところが、そういう頼み事が全く通じない人もある。だいたいそういう人は孤立しているし、こっちも近寄らなくなる。自治会もそれに似たところがある。老齢に達して、暇がふんだんにあり、自治会の会合でそれをつぶすという人はおそらく少なくない。それは孤独の解消にもなる。実際先日のNHKのTVでもやっていたが、筆者と同じ世代のある男性が、ひとり暮らしで孤独に陥っていたところ、自治会の行事に参加することで人を会話するようになり、笑顔が戻って精神的な安定も得られるようになった。そういう人は今後増えるだろう。それでも孤独の方がいいと思う人はいる。たとえば去年7月に死んだ筆者の旧友のNは、筆者とは違って、全く近所づき合いを好まぬ、いや、正確に言えばそれが出来ない性質で、孤独を紛らわせるために映画を片っ端から見に行ったり、またひとりで毎日のように飲みに行った。そうした飲み屋では常連が多いから、自然と顔を合わせる人が出来るが、向こうが話しかけて来ても、それを一切無視して知人になることを拒否したと言っていた。筆者はそこまでの人間嫌いではない。であるから、自治会長を頼まれもするし、なったらなったで、ぐちをこぼしながらも頑張ってしまう。
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 だが、先日の総会が終わった後、近くのスナックでカラオケに誘われたが、断わった。1月30日の松尾大社での連合会の総会でもそうであった。筆者は歌うことは好きだが、カラオケで歌うような歌はほとんどないし、ようやく見つけて歌ったとしてもみんな白けるだろう。それに他人の下手な歌を聴く気はない。そのため、つき合い好きというほどでもない。適当に他人に合わせる術を知っているという程度だ。また、筆者は他人に酒を注がない。食事つきの会合では、だいたいいつも1時間ほどすれば誰もが席を立ってあちこち酌をしに回る。筆者はこれをやったことがない。そのため、礼儀知らずと思われれることもあるはずだが、それでもかまわない。ほとんどの人が席を立ち、ろくに料理を食べず、中にはほとんどそのまま仲居に引き下げさせる人もある。あまり食べられないと言うより、人の間を回ってしゃべるのが好きなのだ。それはなぜだろうか。筆者はじっと座って食べる方だ。そのためにほとんどしゃべらないというのではなく、隣の人、向い側の人、また酒を注ぎに回って来た人ともよくしゃべる。ただ、立ち上がって人に酌をするのが面倒なのだ。Nとは最もよく飲んだが、その時もNはいつも筆者にもっと飲めと言いながら注いでくれるばかりで、筆者はほとんど注がなかった。自分の飲む速度というものがあり、それを人からあまり乱されたくない。だが、注がれるものは全部飲む。そうして食べて飲んだ後のカラオケ二次会は遠慮し、帰宅してまたいつもの自分の時間を持つのがよい。先日の総会の後、全く総会がなかったかのように仕事をすぐに始め、それに集中することが出来た。そのことを総会に出席した人々が知れば、何と仕事熱心なと思うだろう。そうかもしれない。筆者は自分の精神を集中する時間を持たないと不機嫌になるのだ。その集中は人と話をしている時にも発揮される場合があるが、そうした話相手は年配者の数人しかいない。そこから思えば筆者も人間嫌いなのかもしれない。そういう人物が自治会長をするのはまずい。そのため、頼まれた3年以上をせずに、どうにか逃れる算段をする必要があるが、それを予定どおり進めるのがちょっとした楽しみのようなことにもなっている。
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 会長になって多少よかったかなと思えるのは、たまに気分のいい人がいることだ。そうした人とはもう話をすることは二度とないかもしれないが、気持ちのいい人と会っている間の思いはその後も残り、それは精神衛生上から好ましい。ネット社会になっても、やはりそうした生身の人間の出会いは必要だ。ただし、気持ちのいい人がいる分、その反対に気分の悪い人もいる。その気分の悪いことを気分のよい人が打ち消してくれると思えるだけの気持ちのゆとりがあるかないかで、そうした町内のかかわり合いが出来るかどうかが別れる。また、その気持ちのいい悪いというのは、ほとんどごくわずか話すだけでわかるものだ。人間は言葉よりも、その人が発散している雰囲気が大きい。そして、結局は相手の深いところまで知らないし、また知ろうとも思わない淡いつき合いで、それが大人の世界というものだ。そういう自治会での集まりだが、筆者はそこを引退しても、今までもそうであったように、ひとりで充分楽しんで何事もやれる自信がある。嵐山の駅前の変化写真にかこつけて私的なことをあれこれ混ぜているが、それもまた変化ということでいいだろう。そう言えば今日掲げる2月27日の桜の林から駅を遠くに見下ろす写真には、コンクリートミキサー車が写っている。そして、歩道は片側だけと思っていたのが、もう片方にも造られ始めた。「ほころびの蕾転ぶや固め道」。もちろんくしゃみで。
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by uuuzen | 2010-03-29 00:25 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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