●嵐山駅前の変化、その11(広場)
OWER SPOTと縁起モノを紹介するTV番組が昨日あった。京都生まれの鏡なんとかという男性が2組の芸人と一緒に京都の各地を周った映像を紹介するもので、ヘリコプターが京都市内の上空から撮影しライヴ映像を挟んでいた。



上空から撮影した渡月橋や嵐山の映像がTVに写った時、扉を閉めていてもわが家の上空にそのヘリコプターの音が大きく聞こえていた。そしてTVからもヘリコプターの音が流れたので、面白いリアル感を体験した。阪急嵐山駅前が映ればよかったが、数秒の差で画面が切り変わった。これは録画だが、鏡氏と芸人が嵯峨の野の宮神社を訪れた後、彼らは天龍寺近くの和風喫茶店に入った。そして、真っ黒な生地に真っ白なクリームを包んだロールケーキを紹介した。黒は竹炭で色づけしたものとのことだ。イカ墨ならわかるが、物を炭化させた本物の炭を食べ物に混ぜるのはいあかがなものか。鏡氏や芸人はおいしいと言って食べていたが、砂糖で甘くなっているのであって、あれほどの真っ黒なら炭の苦さはどうなのか。早速ネットで調べると、竹炭パウダーというものがあって、食品添加物として認められている。POWDERのPOWERということで、鏡氏がそこまで考えたのかどうか、真っ黒ロールが珍しいものであることには違いない。金箔も一時ブームになって、やたら金箔を振りかける食べ物の紹介があったが、筆者はあれを見るたびに口に入れたくない思いがする。筆者は仕事柄、多くの種類の箔を所有する。中には金箔そっくりなアルミ箔があり、また金箔とは言うものの、いくらか混ぜものをしたものもあり、食べられる金箔と聞いてもそれをあまり信じたくない。元来食べ物でないものを食べる必要はない。そうしたものがはやること自体、社会が病んでいる。健康ブームもそうだ。金箔を売りにした食べ物がはやれば、品うすになって店の者がアルミ箔で代用する気になることもあるだろう。竹炭も同じで、消費者にとってはそれが本当に食べてよい竹炭であるかどうかはわからない。物珍しさだけに飛びつきたくないし、元来京都はそんな商法をするところではなかったと思う。そういう話題に富むものを編み出そうとすることからは、京都の店が苦しい状態に追い込まれていることがほの見えるが、消え去るものはやがて消えるので、さほど目くじら立てることもあるまい。それはともかく、桜の季節が近づいてTVでは京都特集が多くなる頃だ。商人は京都を売りにし、またTV局は京都にしかないものを探す必要のある。そんな火花の散る中、京都市内に住む者は意外に自分が住む地区以外のことは知らず、ガイドブック片手に訪れる人の方がはるかに京都市内をくまなく歩き、また変わったものを見聞きし、食べもしている。京都はもはや日本の片田舎に過ぎないから、それも当然だが、その片田舎の京都の商人は歴史がどこよりもある街を背景にしようとし、つまり付加価値を思って、他府県では考えられない少量で高価な料理やお土産などを売ろうとする。それは平安時代以降の公卿がやって来たことをまねたものだ。雅さに欠ける他府県人を見下げる思いから発しているが、今の京都のどこに本物の雅があるだろう。全体的にはとっくに田舎人に転落したというのに、それを自覚しない。自覚しないからなおさら田舎人になる。その悪循環を他府県人から指摘されると、また自分たちは千年の都という誇りを持ち出すが、才能のある者はみんな有名になり、また金を儲けたいために東京に行くし、京都に残る者は筆者も含めてみなへそ曲がりの時代遅れ人ばかりだ。
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 さて、一昨日と同じ日、2月1日に撮った阪急嵐山駅前だ。雨がよく降り、また桜の季節でないので観光客はほとんどいないことがわかる。下の写真の左端に写るのは客待ちをする嵐山タクシーで、その背後にほんの少し写っているビルは独身者用マンションだが、1階はミニストップというコンビニだ。10年ほど前は平屋の古いお土産店であったが、コンビニになってから人が夜も多く来るようになった。この大繁昌を見て、松尾駅近くにもコンビニが出来た。タクシーの右手奥の白い建物は喫茶らんざんで、10数年前にレトロ調の目立たない店から大きく建て変わった。駅の近くには喫茶店はここしかなく、去年の駅前ホテルの説明会もここで開かれた。隣に見える背の高い樹木はどうやら切られずに済みそうだ、また、独身者マンションのすぐ際に桜の老木が1本立つが、それは以前の古いお土産店時代からあったもので、ぎりぎり伐採せずに済むような位置にマンションが建てられた。開花すると写真にはどうにか左端に写ると思う。
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駅前にホテルが出来ると、いつもにぎやかになるかもしれず、そうなれば駅舎はテナントの入ったビルに生まれ変わることもあるかもしれない。ホテルは4階建てであるから、駅舎も同じように背の高いビルになっても不思議ではない。そうなるのが何年先か知らないが、いずれそうなる。だが、その頃にはもう筆者はこの世にいないだろう。それにそうなった光景が筆者にははっきりと見えている。それは別段パワーを感じさせず、名所になり得るはずがない。他府県の田舎町のどこにでもある小さな駅ビルをまねただけで、嵐山が遅れた田舎であることを証明するだけのことだ。
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by uuuzen | 2010-03-17 01:01 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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