●嵐山駅前の変化、その4(桜の林)
仙が嵐山を臨む嵯峨南端の地に居をかまえたのは大正8年(1919)、40歳のことだ。



集英社の日本画家の全集で渓仙の巻には、確かその頃に渓仙が桂川右岸の、阪急がスーパー銭湯を建てようとしている桜の林にたたずんでいる写真が2、3枚掲載されていた。だが、桜はなく、草がぼうぼうと生い茂った荒れ地だ。なぜそこが桜の林と同じ場所であるのかがわかるかと言えば、桂川の中洲である中の島と結ぶ太鼓橋(中の島橋)が写っているからで、またその場所からちょうど対岸に渓仙の家が見わたせるからだ。渓仙のほかにも人が写っていたと思うが、おそらく渓仙を訪問した人と一緒に散歩に出かけ、渡月橋をわたって対岸まで行ったのだ。そして、大正時代はまだ阪急嵐山駅やその桜林となる場所は、阪急の所有ではなく、またその付近は観光客があまり訪れることのなかった場所であったに違いない。確かに渡月橋を南にたどって細い旧街道を200メートルほど行くと法輪寺があって、そこに参拝する人々は江戸時代から多かったが、西行や芭蕉も含めて、人々はみなそれからさらに南下する場合、先日書いたように、物集女街道に沿って山の麓を走る街道を歩いたのであって、その旧街道から外れる阪急嵐山駅前や桜の林は、人があまり踏み込まない土地であったに違いない。資料をひっくり返して探すのが面倒なのでそのまま書くが、阪急の桂駅から嵐山までの短い嵐山線が阪急の所有になったのは確か戦後ではなかったか。その以前から線路はあったが、古い写真を見ると、かなり鄙びて、現在のように家は建て込んでいなかった。大阪や神戸方面から桜や紅葉を見に来る人々だけが利用するローカル線で、経営が芳しくなく、やがて阪急に吸収されたと思う。また、物集女街道は田圃の中を一直線に阪急嵐山駅横100メートルほどの地点から松尾大社前まで通されたもので、これも戦後のことだ。地元の70歳くらいは60年ほど前のことをいろいろと教えてくれるが、物集女街道の両側に家はほぼ皆無だったと言う。それが今では空き地が皆無だ。また、法輪寺界隈の児童はみな徒歩で松尾大社をまだ南下した苔寺近くの小学校に通ったが、それが今では松尾駅近くの中学校に行くのにみな電車に乗る。話を戻して、先の渓仙の写真からして、大正時代にはまだ桜の林には桜が1本も植えられていなかったと思う。桜は観光目的で植えられるから、誰も観光で足を踏み入れない地区にわざわざ植える必要がないからだ。阪急がその土地を所有するようになり、またどんどん大阪や神戸から花見客に来てもらおうと考えた時、荒れ地になっている広い土地に桜を植えることを思いついた。そしてその光景は渓仙の家の前からは、桂川左岸の桜並木が眼前、つまり10メートルかそこらの前にあり、その向こうの川岸の広場にもずらりと桜が見えた。この桜だらけの景色は大正から戦前までのことで、やがて渓仙の家の桜がまず全部道路拡張のために伐採された。そして、今度は桜の林もなくなろうとしている。このままでは、嵐山が桜の名所だというのは、ほとんど嵐山そのもののみということになる。それは嵐山が桜の名所であることを騙すことにはならないが、それでも駅を下りて嵐山を見るまでにそぞろ歩きした人々が、まず桜の林で気分を盛り上げるという、序奏的な楽しみはすっかり奪われる。
 嵐山に住んでいると言うと、事情をあまり知らない人はうらやましがる。筆者の住所は「嵐山」だが、嵐山駅と言えば通常それは天龍寺門前の嵐電のそれを指し、本当の美しい嵐山を眺望するには嵐山の対岸である嵯峨地区からでなければならない。嵐山の横手である嵐山地区は、いわば舞台裏のようなものだ。そして、嵯峨(右京区)に比べて嵐山地区(西京区)は山が迫って非常に狭く、また地価は半額以下ではないだろうか。聞くところによると、嵯峨の渡月橋から近く地区では数十年に1件程度しか土地の売りがないとのことだ。あったとしても東京の業者が買って何か店をするので、住居として購入するには大金持ちでなければならない。渓仙が住んだ頃の嵯峨は人家が少なく、渓仙への郵便物は「京都嵯峨」だけで充分届いた。少なかった人家とは今の伊勢町辺りだ。また渓仙の家の裏手には銭湯があって、毎日渓仙はそこに通ったが、それを知った筆者は昔、春から夏場にたまにその渡月橋を自転車で越えてその銭湯に行った。それは今も同じ場所に同じ名前で経営しているが、伊勢町そのものが渓仙時代とほとんど変化がないと思う。伊勢町は渡月橋から東へ500メートルほどに位置し、やや嵐山が遠目に見えるが、その付近しか渓仙は土地を購入することが出来なかったのであろう。渓仙の家から西は今は高架の道路があるが、渓仙時代は清滝まで路面電車が走っていた。その電車道から西は臨川寺の境内で、渓仙は出来るだけ嵐山に近い土地と思いながら、伊勢町になったものと思える。また、いっそのこと渡月橋の北側界隈、つまり天龍寺門前でもよかったと思うが、そうなれば家並みが邪魔して嵐山が見えないし、またすでに店などが存在したであろう。これも邪魔くさいので本を探さないが、坂口安吾の本に渡月橋から天龍寺にかけて地区を訪れた時の文章がある。昭和10年頃のことではないかと思う。記憶によれば、渡月橋の南の畔にはおばあさんが経営する小さな茶店が1、2軒あり、バスが南からやって来て、そこで折り返して南下していた。つまりバスは渡月橋をわたって嵯峨の方面には通っていなかった。また、天龍寺から少し北の方に、大衆劇場のような安い施設があって、何とも鄙びた場所ながら、安吾はそこによく通った。三条通りをもっと東に行った車折(くるまざき)神社の、人々が願かけをする小石の山についての描写もあったが、その風習は今はないと思う。同神社には渓仙が植えた有名な桜がある。筆者が最後に見たのはもう10年ほど前で、その頃にはかなり弱々しかったから、もうなくなっているかもしれない。芸能で有名な神社で、芸能人が次々に訪れる。この神社の分社が渡月橋北詰めにあって、毎年祭りも行なわれるが、右京区の祭りであって、西京区に住む筆者には関係がない。ともかく、安吾が書く渡月橋南詰めの雰囲気は、わざわざ書くほどのことが何もないほどのド田舎で、現在のように立派な料理旅館が軒を並べる状態ではなかった。そのようになったのは戦後のことだろう。嵐山への観光者が増加したために大きくなった店ばかりで、今ではその料理旅館、料亭は、近畿では有馬と同じほどに料金が高いというが、有馬に比べて劣るのは温泉がないことであった。
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 その悲願の温泉が掘られたのは7、8年前のことで、地元の旅館や料亭が数軒集まって出資した。そして掘った場所は阪急が所有する桜林の北詰めの一角で、嵐山公園管理事務所と隣接する地区だ。掲載の写真はその温泉給湯場所の前に立って、ぎりぎりそれを写さずに撮った。実際はその給湯場所が阪急の所有地内かどうか知らないが、毎日小型トラックが温泉を吸い上げ、それを各旅館に給湯しに回っている。あのような小型トラックで運ぶとなると、温泉の量は全くしれていて、温泉の含有率はごく少ないはずだが、少しでも温泉が混じっていると温泉と呼んでいいのだろう。そこには有馬とは比較にならないほどの惨めさが漂う。阪急が建てるスーパー銭湯は、その温泉口を利用するのかどうか知らないが、それに隣接してもうひとつ穴を掘るのかもしれない。桜林より駅に近い大きな区画にはホテルが建つが、そこにも温泉施設があるとのことで、やはり最初に掘った温泉口に隣接して新たにもう1本掘るのだろう。その最初の温泉口を掘るために数本の桜の老木が犠牲になったはずだが、旅館にすれば数本の桜より温泉がいいのに決まっている。そして、一旦そのような意識が働くと、桜より断然温泉で、桜全部を切ってスーパー銭湯とそのための駐車場ということになる。そしてそうなれば車が右京からも西京からもどんどん乗り入れ、今でも少なくなっている緑がさらに加速度的に枯れてしまうのは目に見えているし、やがて鳥もいなくなる。渓仙時代には荒れ地であったところが桜の林になった頃が一番よかったかもしれない。筆者にすれば、スーパー銭湯よりも渓仙がタオル片手にひょいと100メートルかそこら歩いて通った銭湯に行く方がどれだけ心豊かで楽しいことか。スーパー銭湯が出来ると、その銭湯も姿を消すだろう。渓仙の家も半分が消え、また渓仙の名前や作品を知る人も今後増加することはないように思える。そして、肝心の地元嵐山や嵯峨に渓仙の絵がわかる人がどれほどいるだろう。嵐山で有名な料亭ですら、渓仙の絵を所有していないはずだ。それに、渓仙が描いて感じたような嵐山はもうないのかもしれない。これからはスーパー銭湯に壁を飾るにふさわしい絵を描く画家の時代なのだ。世の中は金持ちが好き勝手に動かし、金持ちの考えや行動が正とされる。
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by uuuzen | 2010-02-15 19:17 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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