●嵐山駅前の変化、その3(ホテル)
前ホテルの設計図のうち、平面図に興味深い点があった。ホテルの出入口付近に将来の計画道路の幅が点線で引かれているのだが、その道路が出来る時に、ホテルとしては最小限度の改築で済むように設計してある。



前自治会長に訊ねると、その道路はかなり昔から話としては聞いているものだが、それを通すためには立ち退き問題が絡んで、いつになれば実現するかわからないと言う。嵐山は春と秋に観光客の自動車が大量に押し寄せて地元の空き地が急きょ駐車場に変貌するが、これが数年前から市が規制を始めて、地元住民にアンケートを取りながら、パーク・アンド・ライド方式や幹線道路の一方通行を導入し始めた。前者は、観光地の外部に車を停めさせ、その後はバスや電車の交通機関を使ってほしいというものだ。これを採用すれば車の大渋滞はかなり解消出来る。だが、賛否があってそれがまともに実施されているのかどうか知らない。ともかくは自家用車が渡月橋をわたらないようにすればいいと思うが、実際はそうなっておらず、春と秋の行楽シーズンは渡月橋から続いて南下する物集女(もづめ)街道の北行き、つまり渡月橋へと向かう自家用車を夜間以外、通行禁止にすることでお茶を濁している。この一方通行はそれなりに効果があるが、カーナビに頼ると、ちゃんと抜け道があることがわかる。物集女街道に沿って、もう1本車が通る細い道が数十メートルほど西南の山沿いに走っていて、それを使えば渡月橋へと北進することが出来る。この道は江戸時代よりもっと古くからある街道で、地元の人々が使う生活道路であるため、行楽シーズンであるという理由から一方通行にすることは出来ない。嵐山に至るもう1本の大きな道は桂川左岸の川沿いにある。これは戦前戦後、映画の撮影でしばしば東海道に見立てて使用された罧原(ふしはら)堤で、行楽シーズンになると観光バスや自家用車が鈴なりになって、数キロ進むのに2、3時間かかる。それだけの車が渡月橋とその背後にある嵐山を見るためにやって来るのだが、車の排気ガスで肝心の景色は全く艶消しというほかない。京都にやって来るいっさいの観光の車は京都駅南に停めさせ、そこから公共の交通機関を利用させれば、行楽シーズンの渋滞は一挙に解決出来るはずだが、京都市内に住む人がほとんど全員車を持っているから、そういう人々が動けば同じような渋滞になるという意見もあって、なかなか他県の人にとってのそういう不公平は認められないというのであろう。それに、他県から来てくれるのはお客であって、神さまであるから、そうした人には便利を提供しようという意見が通る。だが、世界の観光都市ではたいていはパーク・アンド・ライド方式を採っている。日本だけが自由の意味を吐き違えて、せっかくの遺産の命をあまりにも軽んじている。自然が破壊されても後の世代がどうにかするという無責任主義だ。それが年金問題その他あらゆるところに見られるのは周知のとおりだ。また、何でもスピードが第一と思うようになって、のんびりと京都の散策を楽しむという心のゆとりがない。急いで車で入り込んで、さっさと写真を撮って、それで行った気分になる。京都の本当のいいところを実感するには最低でも1か月は滞在する必要があると筆者はよく人に語るが、それを1、2時間でわかると思うのはあまりにも貧しい。
 そういう性格は日本独特のものかもしれない。明治になった時、人々はそれまでの生活を大いに恥じて、一挙に古いものをゴミのように捨て去ったが、当時やって来た欧米の知識人にとってその姿は自尊心に欠けた、動物的つまり野蛮なものに見えたとしても不思議ではない。ところが日本は西洋のものが断然日本のものより素晴らしいと思い、その精神がそのままやがてアジア蔑視につながって今に至っている。それどころか、日本の古くてよいものを西洋の合理性で眺めようとするから、たとえば嵐山に車をどんどん入れて、桜の林を駐車場にすることに何の不思議も思わない。これを経済的に苦しいから仕方がないと主張したり、あるいは同情する方はすでに理性を失っていると言うべきではないだろうか。去年だったか、阪急は確か数十億の申告漏れがあったと指摘されたが、経済的に困っていないどころか、儲け過ぎているのにそれを隠そうという体質があるとしか見えない。儲けのみに関心のある企業がやがてどうなるかは目に見えている。トヨタの先日来の事件にしても、大企業の驕りゆえの必然的な結果に見える。「平家物語」に記されることは今で言えば大企業の当てはまるだろう。話を戻して、何でも速度が肝心というスピード時代になって、日本は山の頂上まで道が通った。それは車を普及させることに貢献し、車を持たない人間は奇異の目で見られるか、あるいは貧乏人ということになった。先日筆者はかつて学んだ小学校の付近を数十年ぶりで歩いた。そこで驚いたのは、1960年代前半まではすべて木造2階建てであった家並みが、間口はそのままで全部タイル貼りの3階建てになって、1階が車を入れる駐車場として確保されていることであった。どの家もそうで、その例外のなさに内心ぞっとしたが、それがこの半世紀近い日本の進歩を端的に示す姿ということだ。それだけ車が必需品になると、道路が増えるのは当然で、その分日本はどんどん税金を土建業者に支払って来た。それが今は公共土木事業が激減して業者が困っているというが、困っているはほかにもたくさんの人々がいて、何も土建業者の言い分だけを聞く必要はない。また、土建業者が減って、その分別の職種が増えるのはそれはそれで時代の流れだ。木造2階建てに住んでいた人々の子どもたちが現在車持ちの3階建てに住んだところで、そうした人々の教養が高まったとは到底思えず、むしろ授業料や給食費を支払わない親が増えて、人間的には逆に荒廃している。だが、これも歴史的スパンで見れば、なるようになっているのであって、そのボタンのかけ違いがどこにあったかに気づかない限り、荒廃はさらに進む。ボタンのかけ違いは、明治維新にあったのか、あるいは戦後にあったのか、そういう検証を個人がすることさえ、小中学校の義務教育では奪われているから、ほとんど誰もボタンをかけ違って来たなどとは夢にも思わない。
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 さて、話を嵐山駅前のホテルの一部を削った形で通ることになる大きな道路に戻す。その道路幅の破線を桂川方面に延長するとどこにつながるかと言えば、罧原堤や三条通りだ。三条通りは太秦からはかなり細くなって、西の端で渡月橋まで数百メートルという桂川沿いに出る。その地点付近に富田渓仙の家が今も建つが、バブル時代に罧原堤に面した南半分が人手にわたって、今は北半分しかない。筆者が嵐山に住んだ当時はまだ渓仙が住んだままの姿で建っていて、それが先日鳩に豆をやった場所からは対岸によく見えた。渓仙は桜を好んだが、渓仙の家の前、つまり罧原堤の桂川沿いには渡月橋からずっと桜並木があった。それが今では皆無になっているところからして、嵐山がいかに桜を減少させて来たかがわかるが、何度も言うように、渓仙の家からはちょうど対岸に見える阪急所有の桜の林もスーパー銭湯になろうとしている。それどころか、市の将来計画としては、どうもその渓仙の家の前辺りから桂川を斜めにわたる橋を架けて、罧原堤を毎年行楽シーズンに大量にやって来る車を渡月橋まで走らせないで、筆者の家の裏手にある物集女街道につなげる様子だ。そうすれば渡月橋は車がほとんど通らなくなって、のんびりとした観光地帯になるという思いらしいが、その分、渡月橋よりわずか500メートル南に車ががんがん通るもう1本別の橋が出来て、しかも阪急嵐山付近が梅田と変わらないような車の排気ガスが満ちた地区になる。結局市の思いはこうだ。嵐山という景勝地を保存したいので車の乗り入れを減少させたい。そのためにはまず渡月橋に自家用車を乗り入れさせない。となればもう1本別の橋が必要だ。そしてそれは、現在渡月橋でしかつながっていない罧原堤あるいは三条通り(右京区)と物集女街道(西京区)を、別の橋と接続道路を設けることでショートカットする。そのためには桂川右岸(西京区)側に大きな道路を作り、また地域を作り変えることになる。そしてその過程は駅前のホテルやスーパー銭湯など、人が多く集まる施設を建てることによって自ずと加速化する。渡月橋より南500メートルにもう1本の車専用の橋を架けるという案は、かなり具体的に構想が進んでいるだろう。というのは、市は地下鉄の東西線を現在三条の天神川でストップさせているが、それをさらに西に延長する計画は当然ある。そのルートとして、三条通りの現在の嵐山沿いを走り、やがて富田渓仙の家の前辺りに出るというものが考えられる。あるいは松尾橋の東端、つまり罧原堤の南端に駅を作って松尾橋に沿った後は松尾大社前の物集女街道の下を南下するというルートも考えられる。ともかく右京区と西京区を地下鉄でつなぐことは確実で、その地下鉄が渡月橋より500メートル下流か、あるいは松尾橋でわたるかのどちらかだ。渡月橋付近が毎年行楽シーズンになると大渋滞している現在、市は車を効率よく走らせるために渡月橋より南500メートル付近に橋を作るという構想をかなり実際的なものに考えているのではないだろうか。だが、そうなった時、嵐山の風光明媚さはもうほとんど死んだも同然のものになるだろう。渡月橋の中央に立って上流を見れば自然豊かな景色が広がるが、下流を見れば、川岸にホテルの屋根が並び、しかも大きな幹線道路が横切っている。そうそう、渡月橋から500メートル下流の中洲に野鳥がたくさん住んでいて、雉の巣もある。だが、そんなものは市の財政に何の貢献もしない。せっせと道路や橋を作り、どんどん観光客を呼び込んだ方がいい。
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by uuuzen | 2010-02-11 12:54 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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