●嵐山駅前の変化、その2(桜の林)
かぽか陽気の昨日、3年前の節分祭りで買った福豆を近くの公園にいる鳩にやりに行った。



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その公園は阪急嵐山駅のひとつしかない改札口を出て、真っ直ぐに桂川に向かって200メートルほど歩いたところにある。阪急の所有で、樹齢数十年の桜が2、30本立っている。四半世紀前には、樹齢100年はあろうかと思える大きな赤松と、その隣にもう少し若い黒松もあったが、それらは10数年前に枯れ始め、間もなく伐採された。そんなことを知る人は観光客にはひとりもいないだろう。その頃から桜の木も弱り始めて、枯れてしまったか、あるいは見る影のない状態にあるものが目立つ。その桜を目当てに毎年花見客がどっと押し寄せ、七輪で肉を焼いて食べたりするので、地中の根が衰弱を早めていると思える。そうした花見客の行為を阪急は黙認していた形だが、数年前からは花見客用の1日駐車場として積極的に貸し出すようになり、どの桜の幹にも「ここは駐車場ですので無断使用しないで下さい」と書かれたプレートが釘で打ちつけられた。人が花を楽しみ、その下で食事するという行為はそれなりに理解出来るし、また春の風物詩として見ていても楽しい。だがそれが許可されなくなり、代わって車がびっしりと桜の周囲の土を踏みつけるようになった。そうなれば寿命が短縮はもっと加速化されるが、企業としては勝手に花見をされるより、少しでも空いている土地で商売をということだ。阪急嵐山駅は桜と紅葉の季節に特に観光客が多く利用する。その観光客が駅を降りて渡月橋に向かうまでに気分を高める桜の林は、阪急にすれば観光客向けのサービスのつもりであったはずだが、それが少しずつ会社の体質が変わったのか、桜など枯れるがままに任せて、駐車場でお金を徴収する方がいいということになった。だが、桜のない嵐山に観光客が来るだろうか。そうなれば駐車場に車を停める花見客もいなくなる。本末転倒とはこのことだ。阪急電車がもっと観光客を増やしたいのであれば、どの桜の木肌にも無粋なプレートを打ちつけるよりも、むしろもっと桜を多く植林して、さすがの桜の名所と言われる場所にすべきだろう。ところが、全くそんな考えはなく、桜を植えるのは地元の勝手であり、自分たちは単に電車を中心に多角的経営をする会社と言わんばかりだ。阪急は先日京都の阪急百貨店を売却することを発表した。儲からないことはどんどん取り止めという、どこにでもある儲け優先の一企業に過ぎない。そのため、嵐山駅前の大きな森を駐車場にし、その次には他の企業に貸してホテルを建てさせることも当然の行為で、嵐山という名勝地に乗じて金儲けすることに目ざとくとも、肝心のその名勝をどう保存するかには何の関心もない。そのため、100年後に嵐山の桜や松がみんななくなり、どこが名勝かと言われるようになり下がれば、今度はさっさと駅を廃止し、所有する土地全部をすぐにでも住宅業者に売り払うだろう。企業は金儲けが最優先で、名勝地の保存は市や府、国が税金でやるのが筋という考えだろう。
 家内が阪急と京阪を利用して通勤している。正月明けに買った阪急の半年の定期券を3回しか改札を通っていないのに落としたことは先頃触れたが、結局出て来なかった。家内は今までに他人の阪急の定期を3度拾ったことがある。ある時は改札の機械の真下で見つけた。それをすぐ横にいた駅の係員に預けようとしたところ、駅員は、厳密には駅の構内とは違うので、警察へ届けろと言う。電車が1本遅れると遅刻する家内にそんな時間はない。それでその係員に無理やりその定期を押しつけた。機械の真下にあった定期を駅の外側と主張するのは、信じられないほどの馬鹿かあるいはそう教育されている駅側の無責任をよく示す。そのことだけでも阪急が信用出来ない会社だと怒っていたが、その点何事につけても京阪電車は駅員の教育が違っていて清々しいと言う。家内が定期を紛失した場所は、河原町を出てすぐのところらしい。おろらく拾った人は駅員に届ければ、警察へ行けと言われたに違いない。そう想像した家内はその日のうちに警察に連絡したが、出て来なかったのは誰かが不正使用している可能性が大きい。そのために阪急は再発行してくれなかった。ところが京阪ではそうではないらしい。買った日、買った本人、買った区間、利用可能期日、これらがみな記録として残っているから、そんな定期券を紛失したとなると、もう1枚発行するのが道義的な処置だ。だが、阪急は客を見れば泥棒と思え主義らしく、紛失した1枚は実際は紛失しておらず、家族がこっそり使っている疑いがあると言いたげだ。筆者が不思議に思うのは、定期は磁気でデータが記録されていて、改札の方でもそれを読み取るから、家内の落とした定期を誰かが使った場合、その記録を阪急が得る方法があるのではないかということだ。まだたっぷりと半年も使用期限があるから、使われた時の記録を集めようと思えば充分その期間があるだろう。そういうことも出来るための磁気化した定期券だと思うが、そうしたどこか警察的な行為までして不正使用を調べるつもりはないということか。結局のところ、落とした者の自己責任ということだが、100パーセントの自己責任で済ましていい問題だろうか。定期券をそのような形にしているのは企業側の勝手であろう。利用者は選択の余地がない。ならば、紛失時の対応ももっと対処すべきだ。ところで、家内が拾って届けた定期が持ち主の手に届いたかどうかはわからない。阪急からそうした連絡がないからだ。持ち主からありがとうの言葉がほしいというのでは全くない。阪急が正しくその持ち主に手わたしたのかどうか、それを心配する。阪急にとっては、持ち主が現われても「届けられていません」で済ませばもう1度定期を買ってもらえるから、儲け優先からすれば拾って届けられた定期などその場で処分した方がよい。そしてそんなことをしても誰にもわからない。そんなように疑うのは疑う方にしても気分が悪いが、駅員の対応を見ているとそんなことも考えたくなる。家内の定期は、換金出来ないように処理してもらえただけだ。そのため、また新たに買ったが、数日前に買ったのと同じ人間が同じ区間を買うことが紛失した証拠にほかならないと、紛失者としては主張したいが、阪急はそうは思わず、客を疑う。そして、それを思えばまた気分が悪くなる。
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 話を戻して、桜の老木の林には昔は鳩がたくさんいた。数歳の息子を毎日連れて散歩し、食パンの耳を細かく切ったものをよく鳩にあげたものだ。その鳩が急速に数を減らしたのが10数年前だろうか。代わって烏が大量に増え、数百は嵐山駅付近にいる。これは観光客が食べ残しのゴミを捨てて帰ることと、家庭ゴミに残飯が増えたためだ。嵐山公園では今ではゴミ箱はないはずで、観光客はゴミを全部持って帰る必要がある。ところがそんな模範的な人ばかりではない。花見の季節になると、1日でトラック数台分のゴミが出る。烏が増えたために鳩が減ったというのは因果関係としては正しくないかもしれないが、地元に住む筆者が見るところ、確かに烏の増加に反比例して鳩が減少した。昨日その林に行って鳩の姿を探すと、林の東端、桂川で言えば下流側だが、グランウドとの境界に1羽だけ見えた。それでそこまで歩いて行ってその鳩にやることにした。昔のように20から30羽ぐらいはどこからともなく飛来してすぐに群がると思っていたのに、やって来たのは別の1羽のみで、2羽でものの数秒で全部ポッポッと食べてしまった。「少なくてごめんな。」 そう言って林を出たが、せいぜいこの桜の林を楽しんで、今のうちに老木を全部写生しておこうかと思う。というのは、新年会で耳にした話だが、この林の桜を全部切って、阪急がスーパー銭湯を建てる計画がある。駅前のホテルにもスーパー銭湯クラスの風呂場が設置されるが、それとは別に、そのホテルとは道1本を隔てて北側に位置する桜の林全部を使って、銭湯とそのための駐車場が出来るのだ。この話を筆者は初めて知ったが、地元近辺の商家には以前に阪急から打診があり、いろいろと折衝中らしい。筆者が嵐山地区に転居して一番ありがたかったのは、家から近いこの桜の林の存在と言ってよい。それが少しずつ荒れて来たのは悲しいが、追い討ちをかけるかのように、今度は桜全部を切り取って銭湯が出来る。阪急にすれば花の季節だけ駐車場として利益を上げていた場所を、もっと効率よく、恒常的に儲けるには、車あるいはすぐ近くの駅からやって来る人々を目当てにした銭湯だ。かくて人々は嵐山とは桜の名所などでは全くなく、ホテルと銭湯を即座にイメージするということになる。10年数前には「スーパー」のつかないほく普通の銭湯がわが家から150メートルと歩かないところにあったが、どの家にも風呂がある時代になってついに廃業した。その代わり、今度はもっと高級なスーパー銭湯をということだ。そうなれば鳩どころか、烏まで住めなくなる。日本の荒廃、滅亡して行く末路は案外そんなところに象徴されていると思える。嵐山はかつて天龍寺の寺領で、山の樹木の管理は僧が行なっていた。江戸時代はもっぱら赤松が生い茂る常緑の山であったが、明治になって山が国有林になってからは人があまり入らず、半ば自然に任された結果、現在は広葉樹中心の山になり、冬には山全体が赤茶けて見える。地元の人々が桜や楓を定期的に植樹しているが、その芽を野性の鹿が食べるという、いたちごっこが続いている。その鹿は筆者の裏の畑にもよく出没して野菜を食い散らかす。猟が認められておらず、自衛するしかないが、鹿のそうした行動は烏の増殖とつながっているだろう。ところで、桜の林に銭湯が出来るのは仕方がないとして、その見返りとして阪急に別の場所に桜を植えてほしいと地元の商家は交渉しているそうだ。そのための場所がさほど残っているとは思えないが、阪急は植えるとしても、その後のすべての管理を地元がやってくれるというのであればという返答をしているらしい。それは筆者が自治会長をする地域のことであるから、おそらく自治会にもそうしたた世話の話が回って来るだろう。そうなった時、どんな対応が出来るか、また地元が管理するとして、桜を数十年もずっと無事に管理続けられるのかどうか。そのための費用は、そして人材はどうするか。頭の痛い話がこの1、2年の間に生じる予感がある。
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by uuuzen | 2010-02-05 15:08 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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