●嵐山駅前の変化、その1(ホテル)
の新しいカテゴリーを設けようかと迷いながら、このカテゴリー「新・嵐山だより」がふさわしいと思い直した。今日は節分で、ちょうど季節の代わり目。変わり行く嵐山について書き始めるにはちょうどいい。



今日を第1回として、今後不定期でわが家の近辺の急激な変化について、写真をなるべく多く載せて伝えて行くことにする。さて、自治会長を担当して10か月ほど経つ。前任者からは3年はやってほしいと言われているが、筆者の次をやってくれる人がいなければもっと長引くかもしれない。抽選方式で住民から選ぶような民主主義的なシステムにしてもいいが、そうした方式が常にいいとは限らない。自治会の目的はみんなが和をもって生活して行くことと言ってよいから、抽選でいやいや会長や会計などを担当すると、会長以外の役員あるいは組長や住民の仲がぎくしゃくしかねない。「私が会長をやってもいい」と言ってくれる人がいれば一番いいが、さまざまな形で時間を取られる奉仕職であるだけに、めったにそんな人はいない。そんな役割を筆者が担っているのは、前任者が12年連続して担当し続けたことを知り、その前任者から以前から頼まれ続け、もう別人が交代して当然と思ったからだ。また筆者の町内からはそうした重い役をこれまで誰も担当して来なかったから、いわば生け贄になる思いもあって承諾した。筆者は前方からやって来る出来事を何でもいいように考えようとするたちで、いやなことでもそれに打ち込むことでそこから何かを学んでやろうとする。それは暇があるからだと言われそうだが、誰でも暇はある。そしてその暇をどう使っているかと言えば、たいていは趣味やろくでもないことに費やしていて、筆者が自治会長としてあちこち回ることと大差ない。また、筆者の仕事はどちらかと言えば1日中家の中にいることではかどるから、かなり運動不足になり、また人と話すことも少ない。自治会長になれば出歩くことが増え、また人とも会わねばならないので、運動不足の解消と気晴らしにはなる。そのことは楽しいとは言えないが、スーパーに行く散歩と同じようなものだ。つまり、気晴らしだ。だが、これも家にいるから担当出来るのであって、サラリーマンであればなかなかそういう時間はないだろう。定年退職した人ならば暇があるから、本当はそうした人がふさわしいが、70歳以上になると体力的にきつい。最近の70代はとても元気なので、自治会長職ぐらい何なく出来るし、実際そういう人は目立つ。老齢化と少子化が日本全体の問題になっていて、わが自治会でもその問題を抱えているが、その意味でもなるべく若い人が自治会を支える方が活気づく。経済的余裕があるにもかかわらず子どもの給食代を払わない「怪物親」が増えていて、そうした風潮からすれば、自治会費などなぜ支払って町の行事に参加する必要があるのかと考える大人は確実に増加傾向にあると思うが、筆者の自治会では住民の8割強が自治会費を支払って自治会員になっている。この割合は筆者の自治会が所属する嵐山東地区全体では平均より少し上だ。最も少ないところでは5割で、これは新しく家が建っても自治会に入ろうとしない家庭が増えていることを示している。また住民の中にはワン・ルーム・マンションに住む学生がいたりもするので、1戸当たり年間3600円の会費を支払いたくない人がいるのも理解出来る。
 自治であるので、各役員は、会員つまり会費を支払った家庭から選ぶ。お金を払って無料奉仕の役員まで担当させられるのはごめんだという損得感情を働かせる人を非難出来ない。今は昔と違って隣が何をする人か知らず、長年顔も合わさないといったことはいくらでもあるだろう。市としてはそうした家庭にも市民新聞だけは配ってくれと自治会に伝えているので、自治会員でなくても最低限は市の情報は無料でもらえる。ただし、そうした新聞を配っているのは自治会員であることを理解してもらえるならば、助け合いの自治会に所属しようという意識が芽生えるのが常識というものであろう。一方では自治会員になってみんなお互い顔見知りになるのはよくても、そのことでプライバシーが侵害される恐れがあると考える人もあるかもしれない。そうした人間嫌い的な人は入会しないが、そんな人はどの町にも少なからずいるだろう。わが自治会は山と川に挟まれた細長い地域で、新しく家が建つことはなかなかないが、それでも時代の流れによって町は変化し、毎年のようにマンションや一戸建ての家が建つ。自治会長はそうした住民に自治会員になってくれと頭を下げて通うが、2年ほど通っても首を縦に振ってもらえなかったりする。それゆえの住民の8割の加入率になるのだが、それでもまだましな方だ。これが他の自治会のように5割に落ち込めば、運営は難しくなり、また自治会のムードはもっと沈滞するだろう。そうした地域社会の崩壊が日本中各地で生じている。そこには、自治会に入りたくても年会費が支払えない独居老人の割合が増えている事情もある。自治会費はわが自治会では月300円で1年分をまとめて徴収するが、この数年以上は毎年40万円近く繰り越し金がある。それだけあれば1年ほどは徴収しないで済むが、そういう案を出すのは筆者の役目で来年以降そうしたことを考えたいと思っている。また、この3600円のほかに年間5回の諸寄付がある。赤い羽や共同募金などで、これがだいたい1戸当たり500円という本部からの指令がある。善意の募金であるのに500円と指示が来るのは問題と言ってよい。各組長が各戸を回る時、その説明に困り、いぶかしがられて結局500円よりもっと少ない額を支払う家庭があたりする。この年間の募金合計額と自治会費を足すと6000円ほどになるが、それを支払って得られることが無料奉仕の役職だけであるとなると、疑問に思う家庭が出て来るのもやむを得ない。ところが、年間6000円の自治会費を徴収している自治会がほとんどで、しかもその6000円の中から年間の募金を賄う場合が目立つ。つまり、わが自治会の年間3600円は格段に安いと説明を受けていたのに、逆に最も高い部類に入ることがわかった。ところが、募金は無理強いするものではないし、自治会費の中から自動的に募金を捻出する方式は、自治会員全員の許可を得ているのかどうか問題があり、許可を得ているとしても、そのように機械的に募金を一括でしてしまうのは、募金本来の、個人意志の尊重の点からは好ましくない。筆者が思うのは、やはり自治会費は自治会費、募金は募金として、そのたびに徴収に回るのが筋で、そのことによって住民の接する機会がより増え、それが自治の精神からもよいということだ。人は人と面と向かって接することが一番だ。筆者は自治会長になってから、それまで顔も知らなかった多くの人と話すようになったし、そうしたことが回り回って町の安心にもつながると思っている。それはお金で計れないものだ。セキュリティをお金で買う時代になっているとはいえ、安全の基本は自治であり、近隣の人々をよく知る方がいざという時には役に立つ。安全な暮らしが地域住民がなるべくお互い顔を知るという交流が基本になって形成されて行くものと考えるならば、年間3600円の自治会費は安いものではないだろうか。
 会費を集めて何をするかとなると、小学校を借りての秋の運動会程度が住民参加の最大の行事だ。これが大変で、わが自治会は特別に参加者が少なく、去年秋は筆者が朝から夕方まで競技に出詰めで、走ってはこけるで、筆者の姿があまりに目立った。おまけに1週間ほど足の筋肉が突っ張った。そのほかにも住民が参加して楽しめる行事があるが、そうした行事を楽しくないと思う人はある。また、会費やあるひとつの募金は、自治会長以下の10ほどあるさまざまな役職の人々の活動や会合の経費、あるいは敬老会の催しやその食事代などに使われる。自治会長は市政協力員として市から年間2万円ほどのお金がもらえるが、わが自治会ではそれを自治会費に繰り入れているので、完全なボランティアだ。ただし、会長は年間3回ほど料亭などで豪華な会食があり、その経費が自治会費から出る。それは自治会員から徴収する年会費から会長が飲み食いすることであり、本当はどうかと思うが、誰でも会長になることが出来るわけで、そうした飲み食いをしたければその人が担当すればよいという理屈にもなる。またそうした会食は自治連合会や校長、区長、消防署長など、多くの人の顔見せ上、必要なことでもあって、単なる気晴らしの娯楽では全くない。また、わが自治会では市政協力費を自治会費に納入しているので、その分から出ていると思えばよい。この市政協力費は自治会によってさまざまで、会長が自分の財布に納めるところもある。自治会長の仕事がどの程度のものかはこの10か月でかなりわかったが、文書を作ることが2週間に1度はあり、配り物が週1回はあって、郵便配達のようなことを雨天でも40分ほどかけてやることになる。そのほかに年間数回は自治会館での会合に出席して2時間ほど費やし、それ以外にも多くの行事に参加する。とにかく会長職は他の職に比べてあまりにも激務という印象がある。筆者は息子が小さい頃に少年補導員を担当したことがあるが、その時も同じ印象を抱いたがその比ではない。それをよく知っている人が多いのか、会長を担当しないのでいいなら自治会に入ると言う人が少なくない。そのため、仕方なく同じ人が会長や副会長、会計の3役を10年以上も担当するという始末だが、これは嵐山東という自治連合会の中では異例のことだ。それだけわが自治会が他の自治会とは違って特殊な地域になっていることを示すが、それは料亭や旅館が集中しているためで、会長職に時間が割けない家庭が多いのだ。前任の会長はある料亭の社長の代役として12年担当したが、なぜ社長の代役になったかと言えば、その社長は市の観光局の役職を担当していて、とても地元の自治会長の仕事までこなせなかったのだ。京都で最も有名な観光地の自治会であるので、そんな特殊な事情があるのは理解出来る。会長とは何だか偉い人のようだが、実際はただの便利屋の走り回り小僧同然で、そんな程度の役割なら筆者が担当してもよい。そして、そんな経験の中からまた何か面白いものが見えて来るかもしれないと考えたところ、去年5月だったろうか、阪急嵐山駅前に100室以上の大きなホテルが建つ計画が飛び込んで来た。
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 筆者と同じ町内に建ち、わが家から100メートルしか離れていない。そのための説明会が近くの喫茶店で開催され、詳細な設計図を配付のうえで工事概要が示された。会長になってからすぐにそんな大きな地元の変化があって、これは時代の大きな変わり目に遭遇しているなと実感したが、ホテルの着工は今年6月からで、来年の同じ月には完成する。だが、ホテルを造るにはその前に道路を整備する必要があり、今年になってその工事が始まった。そして、その前工事として思い当たることがある。2年前からわが家の裏庭向こうのバス道を連日深夜に掘り返し、大きな下水管を入れる工事があったのだ。それより上の地域には新たに家の経つ余裕がなく、なぜそんなに大きな管を必要とするのか理解出来なかったが、その時ホテルが建つ計画はすでに決まっていたと見える。ホテルが建つとなると、当然反対運動が起こるが、地元の料亭などとは話が折り合い、持ちつ持たれつの状態で経営することになった。ホテルは関東の業者が建て、土地は阪急電鉄が貸すという形だ。以前は大半が森になっていた場所で、筆者が嵐山に転居した四半世紀前は、修学旅行生相手の大きなレストハウスがその一角の桂川に出るまでの駅前通り沿いにあって、生徒たちがずらりと並んでカレーライスを食べていた光景が見通せた。駅前通りは砂利を敷いて幅が広く天を覆うような楠の木が道幅の中央に鬱蒼と茂っていたが、道は20年ほど前に舗装され、その木は去年すっかり撤去された。レストハウスがなくなったのも20年ほど前だが、嵐山に地方の中学生などがまとまって遠足にやって来なくなったからだろう。レストハウスの跡地は駐車場になっていたが、ハウスを大きく取り巻いていた森は健在で、そばには池もあったが、樹木はどんどん切られて駐車場になり、池はすっかり枯れた。森や、道路を挟んで向い側の林の世話をする管理人のおじいさんがいて、筆者はその人と仲よくなって、よく森の中の管理人室に入れてもらってことがある。やがてその管理人室も撤去され、森は完全に姿を消し、おじいさんもいなくなったが、それが8、9年前のことだ。そして森であった土地を2、3年前に試掘したところ、平安時代のちょっとしたものが出て来たそうだが、文化財発掘委員会から何かを建ててもよいというゴー・サインが出た。その発掘作業がなければ、もうホテルは建っていたのだ。さて、嵐山駅前は目下そのホテルの敷地以外もあちこち掘り起こしている。ホテルは設計図を見せてもらったので、完成した姿は想像出来るが、それに伴う周辺道路などがどう変化するのか今ひとつ詳しくわからない。また、それ以外に2月1日からは嵐山駅も工事に入った。それらを含めて駅前の変化を少しずつ写真に撮りながら伝えて行こうと思う。
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by uuuzen | 2010-02-03 00:36 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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