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●『スターの恋人』
退屈な韓国ドラマの代表的なものだったが、投稿中の『おにおにっ記』に「おーナラっ記」を連載中でもあり、奈良に関係するこのドラマの感想を書いておこうと思う



筆者が見たのは去年秋の地上波での放送で、55分のうちコマーシャルを除くと正味45分程度であったはずだ。韓国での放送は65分で、その3分の1は削られているだろう。短縮がよくわかったのは、韓国で放送され始めた2年前の12月、ほとんどリアル・タイムで見て感想を投稿した日本のファンのブログで全20話の筋書きを読んでのことだ。地上波放送で縮められた部分は、どの場面も少しずつであろうが、ばっさりと削ったカットもある。それは物語をわかりにくくするほどではないが、脇役の行動という綾をなくして、膨らみを減じていると思える。以下はそうした不完全版を見た筆者の感想だが、それでも他の韓国ドラマに比べると結末が最初からわかり切っていて、またそうした視聴者の予想を打ち破るために仕組まれた脇役による笑いの部分や、複雑化を意図した物語の味つけも妙にわざとらしいものに思えた。それは吹き替え放送であったからなおさらか。韓国ドラマはわざとらしいので見ないと言った従妹がいるが、その時筆者はそのわざとらしさを楽しむべきと返した。これはどういう意味かと言えば、たとえば全20話とすれば、全体を見通して最終回やその1、2回前ではどういう流れになるか、あるいは10回目程度はどうであるかがおおよそ想像出来るから、後はその定型の中の各ドラマにおける変化を楽しむということで、その楽しみは舞台となった場所、季節、俳優などさまざまなヴァリエーションにほかならない。それは全20話が10話や60話でも同じで、ドラマの起承転結の曲線は同じような形を描いて山場を迎え、そして当初から予想された方向にめでたく決着する。そうしたドラマは、ある意味では人生に暇や余裕のある人の娯楽で、内面に不満を抱え過ぎている人や何事もあげつらうことの好きな人には全く向かない。韓国ドラマが日本の中年以上の女性に人気があるとして、筆者がそれを面白いと思うのは、そうした人々が絵空ごとの韓国ドラマを楽しむ気持ちの余裕を持っていることだ。つまり簡単に言えば平和な感情を持っていることで、それはとても大事だと思う。そのため、映画は別として、韓国のTVドラマはカフカの小説のような世界を表現することはあり得ない。韓国ドラマが日本では一時かなり飽きられたようだが、それは早々とその型がわかったからで、後はどれもヴァリエーションの連続ということに食傷気味になったからだ。そこで韓国が考えたのは、あるいはそれは戦略と言うほどのものではなく、芸能プロダクションの熾烈な戦いによるだろうが、次々と男女の新人を主役に起用し、物語はさておき、そうした俳優を見ているだけでも楽しいという人間の本能に訴え始めたことだ。当然そこには主役に向く人もあれば脇役に甘んじる人もあって、そうしたさまざまな個性的な顔によってひとつのドラマの表情が豊かになる。
 『スターの恋人』は予定調和そのままの筋書きだが、『冬のソナタ』を書いた脚本家らしく、少しでも物語を不自然なものにせず、また登場人物を有機的に複雑に絡ませる思いもあって、出番の多くない俳優が何人も登場する。そうした添えもの的な俳優たちは、それなりにセリフがあって性格づけが明確に行なわれており、またチェ・ジウ演ずる本編の恋物語とは対照的に別の恋や友情などのドラマを繰り広げたりもするが、その手法は『冬のソナタ』にも見られた。残念であったのは、『冬のソナタ』とは違って音楽がほとんど印象に残らなかったことで、その点を工夫すればもっと人気を獲得したのではないだろうか。日本では先日からまた放映が始まった『冬のソナタ』でブレイクしたチェ・ジウ人気が現在も根強く、それを韓国が意識して日本人向けとは言わないまでも、日本を強く意識したドラマを作ることを考えたとしてもそれはごく自然な話だ。だが、現在のチェ・ジウは『冬のソナタ』の時に比べて熟女になっているから、それに見合った内容の物語にする必要がある。そうした考えのもとに作られたのがこの『スターの恋人』だ。「スター」とはもちろん主役のチェ・ジウで、彼女はドラマでもアジアを代表するスターの役を演ずる。韓国ドラマでは必ず男女ふたりずつが中心となって絡み合うが、このドラマでチェ・ジウと対立する女性であるウニョンを演じるのはチャ・イェリョンだ。筆者は『BAD LOVE~愛に溺れて~』に登場した悪女としてのみ知るが、このドラマでは一変して物静かな女性になり変わっていたのが意外であったが、別の清楚な女性を使った方がドラマの視聴率のためにはよかったのではないだろうか。だが、チャ・イェリョンと同じように若く、そしてもっと男性が好みそうな女優であれば、チェ・ジウの影が霞んでしまった。また、日本での人気獲得を考えて、日本の京阪神がロケ地に選ばれた。日本が韓国ドラマのロケ地に選ばれることは、去年イ・ビョンホンが秋田で演技したことにも例があるが、韓国からかなりの観光客が秋田を旅するようになったそうで、地方の町起こしに今後も同じようなことが実施されるだろう。だが、このドラマでは元来観光客が多く訪れる京阪神であり、そうした効果は望めなかったのはないだろうか。奈良では奈良女子大のある古い洋館がチェ・ジウの別荘として想定使用されたが、そこは観光客が入り込めない場所であるから、せっかくの奈良の協力のさほど意味がない。また、奈良で撮影したとはいえ、観光客の姿を回避しての撮影がありありとわかり、場所の特徴をあまり示していなかったりする。
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 2年前の11月頃、あるいは去年1月だったろうか、奈良に行った時、近鉄奈良駅のホームに降りる建物内にある観光案内所で、『スターの恋人』と題した折り畳んだ無料のパンフレットが山積みになっていた。それに気づいて驚くと、係の女性がにっこりと微笑みながら、「今年放送される予定です」と言ってくれた。その時にもらって来たパンフレットの写真を掲げておくが、裏面は奈良でのロケ地が全部紹介されている。いかにも奈良を舞台にしたことが強調されているが、実際は最初の回のみと言ってよく、神戸や大阪、京都でも撮影が行なわれた。神戸は北野の異人館界隈、ビーナス・ブリッジ、南京町で、大阪は桜宮の大川沿いのホテル、天保山の観覧車、大阪芸大、鶴橋が映ったが、筆者の見た地上波では鶴橋の場面はカットされていた。京都は祇園でロケされたようだが、これも地上波にはなかった。また奈良がパンフレットを作って宣伝に努めたのに、神戸や大阪、京都ではそうした動きはなかったと思う。このドラマが物語上、京阪神地区のそうした場所をロケする必然性があったかとなると、かなり御つごう主義的で、香港や台湾でもよかった。京阪神でのロケ場面は最初の3、4回で出尽くし、後の回は全部韓国で撮られたが、京阪神の場面は京阪神の住民を喜ばせただけで、韓国ではさっぱりその点は理解されなかったはずだ。実際このドラマは低視聴率のうちに始まったようで、最後までそれが著しく上昇することはなかったようだ。思い切って日本で全部撮影し、日本人も登場させた国際的なドラマにすれば、両国の人々が関心を抱くと思えるが、京阪神での撮影は、日本に人気のあるチェ・ジウへのサービスとして物見遊山的な旅行をプレゼントしながらついでに演じてもらったという感じが強くする。そういう機会は一度くらいはあっていいが、チェ・ジウが演技を求められながら、日本でのロケ地を存分に味わい、楽しんだかとなると、チェ・ジウに訊ねてみないとわからない。そして、実際のスターのチェ・ジウが普通の男性と恋をするというこのドラマは、スターの置かれたそうした個人的自由のなさを描き、ドラマと実像がだぶるところが面白く、従来の韓国ドラマにはなかった特徴だ。そうした脚本のアイデアはチェ・ジウ人気にあやかったもので、『冬のソナタ』以降の韓国ドラマ、チェ・ジウ人気の一定の持続をよく表わす。
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 奈良でもらって来たパンフレットに写るチェ・ジウは30代でもあって、『冬のソナタ』に比べると、痩せてしかも老けた印象がある。これは仕方のない話で、そうした実際の年齢を考えてこのドラマが作られている。それはひとつには、チェ・ジウが演ずるイ・マリという女優が3か月単位で男性を変えるほどに奔放な交際をして来て、もう処女ではないことを匂わせていることだ。チェ・ジウは『冬のソナタ』によって清純派のイメージがあるが、30代まで男性と深い関係になったことがないと主張するほど、本人はかまととぶってはいないであろうし、そうした世間の当然の見方を踏まえた脚本がこのドラマに用意されているのは好ましい。つまり大人として等身大のチェ・ジウが見られるのだが、「大人の童話」を謳い文句にたドラマであり、いかにもチェ・ジウ向きと言える。パンフレットから伝わるチェ・ジウの30代という年齢は、ドラマでもそのままで、『冬のソナタ』と見比べると、年月の経過の残酷さを思いもするが、40代になったチェ・ジウを知った目でこのドラマを見ると何と若いと思えるに違いなく、人間は各世代ごとにそれなりに溌剌として生きておればよいということになる。さて、成熟したチェ・ジウ、また彼女が演ずるマリに合わせて、このドラマでは彼女に恋をする男性が何人も登場する。その中心はマリと結婚することになるユ・ジテ演ずるキム・チョルスで、彼は小説家を目指し、大学の非常勤講師で食いつないでいる。そのほかにマリが最初に結婚したいと思ったソ・ウジンというカメラマンが後半の2回ほどに登場し、また同じようにほとんどチョイ役と言ってよい人物にハヨンがいるが、このふたりは物語の味つけとして、つまり韓国ドラマの定型を意外な形で破るためには欠かせない。またマリの美貌に群がる男たちを描く必要から採用されたのだろうが、かなり消化不良な役回りで、物語の流れをわかりにくくしており、省いた方がすっきりした。これもややこしい話だが、もうひとりのウジンであるチョン・ウジンが登場する。やはりマリと結婚したがるが、マリと保育園時代の同窓という設定で、これはあまりに童話じみた位置づけだ。チョン・ウジンの出番はかなり多く、キム・チョルスと恋の鞘当てを何度か繰り広げるが、暴力沙汰にはならず、チョルスは紳士的に振る舞ってマリの思いを尊重し、最後は身を引く形だ。また、チョルスには交際している金持ちの娘ウニョンがいる。これはなかなか巧みな設定で、チョルスはウニョンを好きでありながらも金銭面で負い目がある。これがふたりの交際にどういう影を落とすかを想像してみることは必要だろう。チョルスのようにプライドが高い男の場合、それはうまく行くことはあまり考えられない。マリの登場後、ウニョンは気が気でなくなりつつ、やはりヒステリックに取り乱すことは一度もなく、ほぼそのまま引き下がってマリにチョルスを譲る。こう書くと、マリは鼻持ちならないわがままな女性に思えるが、現実として見ればそうかもしれないところを、チェ・ジウは演技によってそれを女性のかわいらしさに転換し、チョルスはそれにすっかり当てられてしまってメロメロになるという物語だ。だが、それでは視聴者は納得しないから、こじつけめいた設定がいる。それは、マリもチョルスも子ども時代は親の愛を知らずに育ったという共通点で、ふたりはもともと引かれ合うものがあった納得させる。韓国ドラマでは子ども時代から物語が始まる運命論がきわめて多いが、このドラマもその例に漏れず、マリもチョルスも子役が最初に登場して、双方の生い立ちが示される。子役のマリは眼鏡をかけた物静かな普通の子で、女優マリとの落差を感じるが、そうした目立たない子どもがスターになるのはよくある話と言うより、むしろほとんどがそうだろう。そのため、女優になったマリがいつも孤独を感じていて、ごく普通の、そしてたまたま出会ったチョルスに恋心を抱くというのは、いかにもスターたちの制限された狭い生活を思わせて現実味がある。
 チョルスは幼い頃に両親に捨てられ、また足が悪い妹を抱えて懸命に暮らしているが、そんな男性に金持ちのお嬢さんのウニョンが恋人になっていて、経済的な援助をしているというのも現実的な話だ。金にいつも苦労していてアルバイトの口を求めているチョルスに、芸能プロダクションの社長テソクは、マリが書いたということにして、本を代筆してくれないかと頼む。そしてチョルスは本の主題に沿って題材を得るために奈良に行くが、マリは奈良に滞在中で社長がそんなことをチョルスに依頼したことを知らず、出会ったチョルスから代筆の申し出を断る。それがふたりの出会いだが、ウニョンが日本の大学で学んでいるという設定で、チョルスはウニョンと大阪芸大の校内で会ったりする場面もある。チョルスは代筆によって得るお金でウニョンに借りを返したく思うあまり、マリの断りを諦めず、マリとまた出会った後、マリの性格などをメモして代筆に備える。結局チョルスは『明日香の恋人』と題する本を書き上げ、マリの著書として世に出るが、有名な文学書が40冊ほどだったか、とにかく引用が多くてマリは内容が理解出来ない部分がある。そうこうしている間にTVにゲスト出演してその本について語る羽目になるマリだが、ボロを出さずに話すことが大変で、マリはチョルスに就いて本格的にその本に登場する名著の内容を知ろうとする。だが、書くという約束を果たし終わったチョルスはマリの言葉に応じない。マリは必死になり、またチョルスに恋心を抱いたこともあって、どうにかチョルスを家庭教師にすることに成功する。そうしてチョルスが引用した名著を少しずつ読み進むが、この設定は純真で健気なマリを示して好ましい。実際に女優はそうした世界文学全集を読破する時間はなかなか持てないまま有名になるでろうし、またそうした教養を持つ男性に魅せられるものだろう。このドラマではそれら40冊の何冊かの題名と引用箇所が示されたが、大方の韓国ドラマのファンにはそれらに関心がないかもしれない。ゲーテやサン・テグジュペリ、それにオースティンも登場したが、さすがカフカの名前は出なかった。ともかく、ウニョンという恋人がいるチョルスの性格が優柔不断に描かれるが、アジアを代表する独身女優からしつこく接近されると、そっちを向かない男性はまずいないはずで、その正直なところが男としては理解出来る。また、ウニョンもマリが相手では引き下がらずを得ず、このドラマはそうした実際的なところによくしたがって描かれている。
 社長のテソクは迫力のある演技をする中年男性で、芸能プロダクションの社長とはきっとこんな風に強引でワンマンだろうなと思わせる。マリの代筆事件以後、マリはすっかりテソクを信用しなくなるが、テソクはマリのことを大事に思っての行動で、マリの華やかな映像をひとりで部屋で見ながら涙を滲ませる場面がある。そこは手塩をかけて育てて来た女優を誇る、そして手放す辛さをよく表現しており、華麗な芸能界の裏方の人間模様が見える点で今までになかったドラマとなっている。テソクはマリを世に出したことで会社を大きくして来たので、マリをより有名な存在にしようといつも戦略を練っているが、この点、芸能プロダクションとしては日本も韓国も同じだろう。芸能人が本を出すことは珍しくないどころか、誰もが毎年のように出しているほどだが、そうした本の大半は本人が書きたいと思ったものではなく、書けば金になると話を持ちかける場合が多いこともまた予想出来る。そして出版社も代筆者も芸能会社も芸能人も、儲かればいいのであって、誰も損をすることはない。テソクはそのように考え、マリもしぶしぶそれを飲んだが、放っておかなかったのは周囲の芸能記者たちだ。マリはチョルスと会っているところを撮影されるなど、次第にチョルスの存在が知られ、また代筆の疑惑も浮上する。ドラマの中盤ではチョルスとは別の男が代筆したとTVに登場したりする騒ぎもあるが、やがてチョルスとマリは悩みながらも代筆を公にする。そのことで攻撃を受け、マリは引退宣言、チョルスは講師を追われる。職を失ったチョルスはまたもやウニョンから援助される。ウニョンはどうにかしてチョルスをマリから戻したいと必死になり続けるが、ウニョンはソ・ウジンと知り合いという設定で、それもまたドラマの筋をややこしくしている。一方、チョン・ウジンは奈良でマリと食事する大金持ちのハヨンと兄弟で、またテソクと関係するが、この辺りもじっくり見ないと意味がつかめない。ともかくチョン・ウジンはマリが去って傾いたテソクの芸能会社を肩変わりし、マリに結婚したいと言うが、マリはそれを了承し、ふたりはそれを報じる。
 代筆を公表した後、チョン・ウジンの動きやソ・ウジンの急な登場もあって、マリはチョルスと別れるが、その前にマリの写真集をソ・ウジンが撮影し、その写真の説明文をチョルスが書くというおまけの話もある。また、いかにも童話的なのは、ソ・ウジンはマリの前から黙って去ったマリのかつての恋人で、そんな男が登場して、またチョン・ウジンを前にして、チョルスは怒り、またもだえる。これが第17話のことだ。そして1年が経つ。このドラマはもともとテンポが早いが、この1年のブランクはドラマでは数秒も描かれないのであるから、見落とすと勘が狂う。1年後にマリとチョルスがどのようにして出会うかだが、チョルスはドラマの脚本を書いている。小説家志望がドラマの脚本を描くこともあるだろうが、その点はこのソラマの脚本家の思いが投影されているだろう。さて、マリはチョン・ウジンと結婚することもなく、芸能活動を中止したままであったが、チョルスの作とは知らずに読んだ台本に魅せられ、それを演じたいと思うようになる。そして撮影開始のためにロケ・バスに乗って田舎に出かけた時、マリは脚本家が同乗し、しかもチョルスであったことを知る。監督の計らいもあってマリは嬉々としてチョルスの隣に座り、チョルスを愛していたことを自覚する。第19話でマリは交通事故に遇うが、これは韓国ドラマの常套手段ながら、最後の土壇場でどういう展開かと思わせられる。結果は大事には至らず、マリは病院にかつぎ込まれた時、記者たちに向かってチョルスと結婚すると発言する。振られたチョン・ウジンだが、マリの才能に惚れ込んだ彼は、アメリカで成功させるために自分はハウリッドでプロデューサーになると言う。その結果はどうなるか描かれないが、マリはチョルスと結婚し、子どもまで儲けているという結末だ。どちらかと言えば深刻な内容の物語だが、チェ・ジウが終始明るく振る舞ってかわいい仕上がりになっている。映画俳優としてよく知られるユ・ジテはTVドラマ初登場で、それがこの作品とは少々かわいそうな気もするが、チェ・ジウが相手では日本での知名度が上がる。それに、映画俳優らしい貫祿は充分に見せていた。チェ・ジウは近年当たり役がなく、残念な話だ。ちなみに筆者のパソコン画面は壁紙写真はチェ・ジウだ。『冬のソナタ』の後、プサンの映画祭に出席した時の写真で、隣にイ・ビョンホンが写っていたが、それを消した。ファンというほどではないが、ジョットの壁画のような青い背景地の写真の色合いがとても気に入っている。
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by uuuzen | 2010-01-15 00:30 | ●鑑賞した韓国ドラマ、映画
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